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(写真:試合直前、三浦、バルガスは精悍な表情で健闘を誓い合った Photo By Kotaro Ohashi)

11月21日 ラスベガス マンダレイベイ・イベンツセンター

WBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチ

 

王者

三浦隆司(帝拳/29勝(22KO)2敗2分)

vs.

同級1位

フランシスコ・バルガス(メキシコ/22勝無敗(16KO)1分)

 

「(見せたいのは)豪快な試合です。日本でもそうなんですけど、自分の豪快なスタイルを見て喜んでもらいたいですね」

 5度目の防衛戦を目前に控えた11月19日――。マンダレイベイのホテル内で行われた会見後、“アメリカのファンに、どんな姿を見てもらいたいですか”と尋ねると、三浦隆司はそう答えた。

 

 願い通りになったとすれば、試合後には多くのことが変わっていくのだろう。用意されたのは、ミゲール・コットvs.サウル・“カネロ”アルバレスという超メガファイトのセミファイナル 。入場券12,000枚は、ほぼ完売状態。アメリカ国内のペイパービュー売り上げは50万件を超えることが有力で、世界的にもかなり多くの人がこの試合を見るはずだ。

 

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(写真:メインだけでなく、前座にもギジェルモ・リゴンドーのような大物が登場するビッグステージだ Photo By Kotaro Ohashi)

 この正真正銘の大舞台で印象的な勝ち方をすれば……その時には、熱しやすいボクシング界において、タカシ・ミウラの名は一躍ビッグネームになるはずである。

 

 全世界に競技人口を誇り、真の意味で“ワールドワイドなスポーツ”と言えるボクシング。しかし、過去の日本人王者たちは“世界王者”とは言っても、ほとんどのタイトルマッチを日本国内で行い、知名度的にも国内限定だった。特に一般的にボクシングの“本場”と呼ばれるアメリカに、日本人ボクサーが立つ機会など、ほぼなかったと言ってよい。

 

 ところが、近年はそんな風潮に明白な変化が見える。

 2011年4月、HBOのPPVに登場した石田順裕が、トッププロスペクトとして評価の高かったジェームス・カークランドを1ラウンドKOで下したことがきっかけのひとつとなった。2011年10月には西岡利晃がラスベガスに渡って2階級制覇王者のラファエル・マルケスと対戦し、3-0の判定勝ち。アメリカ本土で防衛を果たした日本人初のボクサーになるとともに、世界的な評価を勝ち得ることにもなった。

 

 その他、下田昭文、粟生隆寛という帝拳ジム勢も米リングでタイトルマッチを開催。荒川仁人、チャーリー太田といった中量級ボクサーたちを、果敢に海外に送り出し続けた八王子中屋ジムの頑張りも忘れるべきではない。

 

 最近ではアル・ヘイモンと契約した亀田和毅も一定の評価を勝ち得ることに成功した。さらに11月7日には、村田諒太がラスベガス、小原佳太がマイアミで試合を行い、それぞれ存在感を誇示したことも、まだ記憶に新しい。

 

 こうしてアメリカのリングに上がるのが珍しいことではなくなり、その過程において、日本人ボクサーへの過小評価傾向はかなり薄れた。常にトップコンディションで、最後まで諦めずに好試合を演出してくれる。そんなサムライたちを起用するのに、抵抗を覚えるプロモーターなど、もはや存在しないだろう。

 

 そして、今週末、日本ボクシング界はさらに前に進む絶好のチャンスを得た。6度の世界タイトルマッチですべてダウンを奪い、そのうち4戦でKO勝利を飾った三浦隆司を、稀にみる大舞台に送り出すことができるのである。

 

「やってみなければわからないですけど、日本と同じような試合ができるならば、きっと喜んでもらえると思います」 

 本人の言葉通り、そのパワフルなボクシングはアメリカ、メキシコ、プエルトリコといった国のファンをも惹きつけるはずだ。

 

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(写真:バルガスのプロモーターはオスカー・デラホーヤ。元スーパースターに実力をアピールするチャンスだ  Photo By Kotaro Ohashi)

 もちろん挑戦者のバルガスも好選手だけに、楽に勝てる相手ではない。三浦が敗れたとしても大きな番狂わせとは呼べない。それはつまり好ファイトになる可能性が高いことも意味する。好戦的な両者が真っ向から打ち合い、年間最高試合レベルの激闘になっても誰も驚くべきではない。

 

「凄い大きなイベントだというのは、こういう会場を見ても感じました。それにふさわしい試合をしたいなと思います」

 三浦はそう語っていたが、実際にボクシングをエンターテイメントと考えるアメリカでは、単なる勝ち負けだけでなく、試合の面白さも追求される。そんな場所で行うのに、三浦vs.バルガスはうってつけのカードだ。この一戦が期待通りの激戦になり、三浦が勝ち残った際のインパクトは計り知れない。

 

 ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、セルゲイ・コバレフ(ロシア)、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)といったスターが次々と飛び出したことで、最近の米リングでは旧ソ連圏のボクサーが好待遇で迎えられるようになった。それと似たことは、日本のボクサーにも起こり得るはずである。

 

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(写真:会見の壇上で「必ずKOで勝って防衛しますので、期待して見ていてください」とKO宣言を行った Photo By Kotaro Ohashi)

 軽量級に人材が偏っているという難しさがあるとはいえ、井上尚弥、内山高志、山中慎介らは世界中のどのリングにも胸を張って送り出せる選手たち。ここで三浦が火をつければ、日本のボクサーがより好意的に、良い条件で迎えられ始めることになるかもしれない。だとすれば、三浦vs.バルガスは業界にとっても重要なターニングポイントになり得るファイトなのだろう。

 

 

 世界に通用するボクサーが続々と登場する日本のボクシング界は、かつてないほどの人材を擁している。そして今まさに次のステップを踏み出すとき。WBA、WBCなどのいわゆる“アルファベットタイトル”を獲得するだけでなく、本場のファンからも認められる真の王者へ。三浦が先陣を切って、そんな位置に到達する瞬間は間近に迫っているのかもしれない。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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