第30回 佐藤和範(グラブ職人)×二宮清純「名工が作る勝利を掴むグラブ」
二宮: ポジションや選手の好みによってグラブの形は異なると思います。どのように製作していくのでしょう?
佐藤: まず始めに、選手の担当者から「こういうものを作って欲しい」と依頼を受けます。その後、話し合いを重ねてグラブのイメージを固めていきます。
二宮: イメージが出来上がったら、試作品づくりですね。
佐藤: そうです。選手が理想とするグラブに近付けるために、紙型、裁断、縫製と各工程で作り込みます。試作品が出来上がったら、実際に選手に使用してもらい、「もう少し柔らかくして欲しい」とか「ここを長くして欲しい」など細かい要望を聞いて修正を繰り返します。
二宮: 工程の中で一番大事な部分は?
佐藤: 最初のイメージ合わせですね。イメージをもとにグラブの設計図となる紙型を作るので、この段階でズレてしまうと、あとあと大変なことになります。
二宮: ある選手から、グラブを柔らかくするために蒸し器に入れるという話を聞いたことがあります。
佐藤: 最後の仕上げのときに蒸し器に入れますよ。グラブは革なので、温めると柔らかくなります。ただ温めるだけでは冷めると元に戻るので、蒸し器に入れた後に柔らかくする加工を施します。
二宮: 蒸す行為以外にグラブを柔らかくする方法はありますか?
佐藤: お湯に浸ける「湯もみ」という工程もあります。45度から50度のお湯に5秒から10秒間、浸けた後に揉むんです。その後、陰干しで4~5日間はかけて乾燥させます。グラブを柔らかくすることで、ボールを掴みやすくなるのと、試合用に馴染む仕上がりが早くなります。
二宮: 選手1人につき、1年間でだいたい何個くらいグラブを作るのでしょうか?
佐藤: 個人差もありますが、練習用も含めてピッチャーは平均4、5個です。野手は5、6個ですね。
二宮: その中から一番、使いやすいものを試合用にするんでしょうね。
佐藤: そうですね。練習で使用して自分なりに型をつけていき、試合で使えるものと、そこまでいかないものに分けられます。
二宮: 同じモデルのグラブでも、手にはめた時の感触が微妙に変わるのでしょうか?
佐藤: 全然違いますよ。ひとつひとつ手作りなので、全く同じものは作ることはできません。完成途中であれば選手のイメージに近付けるために、何度も修正を加えられるので気持ち的に楽です。しかし、完成してしまうと、それと同じものを作らなければいけません。これがなかなか難しいんです。
一番大切なのは“感性”
佐藤: 今年で33年です。この世界には引退というものがないので、手の動く限りグラブを作り続けたいと思っています。
二宮: グラブ作りをする上で、一番大切にしていることは?
佐藤: 選手の話を聞いて“こういうものを欲しがっているんだろうなぁ”とイメージできる感性です。選手が抱くイメージと僕のイメージが合致しなければ、いいグラブは作れませんからね。
二宮: なるほど、感性ですか。
佐藤: 例えば、有名な芸術家が若かりし頃に一宿一飯のお礼で近くにある木でささっと作ったものが、後々、すごい値打ちがついたりすることがあるじゃないですか。その芸術家が有名になったから価値がついたともいえるのでしょうが、深く考えずに作ったものでも感じられる何かがあるんだと思います。
二宮: つまりセンスが必要だと。
佐藤: 一生懸命、時間をかけたからといって、いいものが出来上がるとは限りません。選手が望んでいるものを、自分の感性でいかに理解できるかが重要です。ところが、これがなかなか難しいんですよ。イメージは形にあるものじゃないし、数字に置き換えられるものでもありませんからね。
二宮: 自分では上出来だと思ったグラブでも、選手からは「ちょっと合わない」と言われることもあるのでしょうね。
佐藤: それなりにできたと手応えがあっても、選手の反応がイマイチだったりすることは、よくありますよ。勿論、こちらも100点満点を目指しますが、完璧なものを作りあげることはなかなか難しいんです。
二宮: では、グラブづくりにおける一番のモチベーションは?
佐藤: 希望通りに仕上がったグラブを見て、選手が喜んでくれた時ですね。その瞬間が一番作り甲斐を感じます。
二宮: そのグラブを身に付けた選手が、ゴールデングラブ賞を獲ってくれたら最高でしょうね。
佐藤: 自分が作ったグラブを使用している選手が活躍してくれると嬉しいです。逆にエラーしたら「あぁ……」という気持ちになりますよ。“何かあったのかな”“何かマズかったのかな”と心配になります。
進化を続けるグラブ
佐藤: 以前はセカンドとショートのグラブは、「当て捕りしやすくて球離れがいいようにしてほしい」という要望が多かったのでポケットは浅めでした。しかし、現在は深めが主流になってきていますね。まずはしっかりと捕球することを優先しているのではないかと思います。
二宮: 最近は指カバーがついているグラブが多いですよね。
佐藤: 本来、指カバーは内野手がタッチプレーの時に怪我防止のために作られたものなんです。それが今では投手のグラブにはほとんど付いています。投手の場合は指の動きで球種や癖がバレないようにするためです。
二宮: 使い方の話についてですが、グラブから人差し指を出している内野手が多いですね。
佐藤: 恐らく痛いからでしょうね。捕球する時に人差し指はボールの真下になるので、痛みを少しでも軽減させるために、指を出す選手が多いんだと思います。最近では衝撃を和らげるために指あてというものもありますよ。
二宮: 外野手の場合はどうでしょう?
佐藤: 内野手のように指を出す選手は少ないので、指あてはほとんど付けないです。外野手の特徴はグラブの袋全部に指を入れないことです。
二宮: つまりどこかの袋に指を2本入れると?
佐藤: 小指の袋に薬指と小指の2本を入れて、袋をひとつずつズラして、人差し指の袋を空けた状態で使用します。そうすることで、縦に使えてポケットが深くなりグリップもしやすい。外野のグラブでは、指の袋が全部で4つしかない型もありますよ。
二宮: 選手によって使い分けているんですね。他に選手からリクエストは?
佐藤: 軽めのグラブを作って欲しいという要望が多いです。グラブは通常、ステア(オスの成牛の革)を使用します。カウ(メスの成牛の革)やキップ(子牛の革)だと柔らかくて強度に問題があるので、耐久性に優れているステアを使用するのが一般的です。しかし、軽いグラブを希望する選手は、こちらで判断してキップを使ったりします。
二宮: この先、グラブはどういう進化を遂げるとお考えでしょうか?
佐藤: 今よりも、さらに軽くなると思います。現在、使用している牛革と同じ水準の合皮ができたり、牛以外の異素材のもので作るようになるかもしれません。あるいは異業種でのコラボとかね。
二宮: なるほど。新しい材質が開発されたりすることもあるのでしょうか?
佐藤: 可能性的にはあります。グラブはボールを捕るための捕球具なので“捕りやすさ”“使いやすさ”という部分での進化発展は、これからも続いていくと思います。
<佐藤和範(さとう・かずのり)>
1959年10月27日、宮城県生まれ。古川工業高校では野球部に所属。高校卒業後、地元の会社に入社。約3年半勤めた後、82年にゼット株式会社に入社する。入社後、日本のみならずメジャーリーグ、韓国、台湾、中国等、数多くのグラブやミット製作を手掛けてきた。13年にゼットを退社後、大阪に「佐藤グラブ工房」を設立。14年にアディダスジャパンと専属アドバイザー契約を結んだ。