第31回 三村仁司(靴職人)×二宮清純「日本人が勝つための新兵器」
2016年1月9日、アディダスジャパン株式会社は東京・味の素スタジアム西競技場で「adizero takumi SPEED SUMMIT 2016」を開催した。このイベントではランナー向けレーシングシューズ「adizero takumi boost」シリーズの発表も行なった。イベントには新しいシューズの開発者であるアディダス専属ランニングアドバイザーの三村仁司氏も出席した。「現代の名工」がどのような思いで、新しいシューズを作ったのか――。二宮清純が迫る。
二宮: 今回の新商品の「adizero takumi sen boost 2」、「adizero takumi ren boost 2」についてですが、最大の特徴はアッパー部分の「Mim-lite MESH X(ミムライトメッシュクロス)」――。手で持つと随分、柔軟性がありますね。
三村: はい。今回のアッパー部分の一番の特徴は、確かに伸びた時に復元することです。
二宮: これが今回の最大の売り物である「保形性」ですね。開発したのは三村さん?
三村: そうです。軽さ、伸び、メッシュの見映えなどを総合して判断しました。特に復元力には注意を払いました。体重が乗ると足は1.2倍くらいになるわけです。
二宮: 靴に柔軟性がないと、足に負担がかかりますね。
三村: そうです。かといってアッパー部分が伸び過ぎてもダメ。この塩梅はつくり手にとって感性の世界ですね。
二宮: 他に注目すべき点は?
三村: 耐久性です。シューズは軽量化に努めましたが、ただ軽いだけではダメ。軽くて丈夫なものじゃないと。
日本人に合ったクッション性
二宮: ソールで変えた点はあるんでしょうか?
三村: 大きくは変わっていませんが、多少クッション性は違いますね。以前と比べれば硬くしました。
二宮: 硬い方が反発力があると?
三村: ええ。今の色々な選手の足形をとってみたら、10人選手がいたら8人くらい(足首が)柔らかいわけですよ。柔らかいということは着地がぶれやすい。ぶれるということは、リズムに乗りにくく疲れやすいし、故障にもつながる。
二宮: それがソールを硬くした理由ですね。
三村: 足首の柔らかい選手が多い中、クッション性があり過ぎると、逆に故障につながりますから、あまり薦められません。
二宮: ソールはしっかりしていた方がいいと。
三村: そうです。足首が柔らかい人はオーバーストライドになりがちです。1メートル50センチの歩幅の人が1メートル60センチとか70センチになってしまう。靴が消耗したら、もっと前に行きますよね。そういう選手は前脛骨筋(スネの外側)が疲れやすくて、前脛骨筋が張ってしまう症状が出るわけですよ。
二宮: なるほど。だからソールのBOOST™フォームもこのくらい薄い仕上がりになっているんですね。
三村: 設計段階ではBOOST™フォームの厚みはもっとあったんですよ。だけど、僕は「こんなの無理や。日本の選手に合わない」と判断しました。外国人の選手は身長も高いし、体重もあるから厚くてもいいんですよ。だけど、日本の選手はそういうわけにはいかない。リズムよく走るには、多少ソールは硬い方がいい。
二宮: 体重とも関係があるのでしょうか?
三村: それはあります。弾力があり過ぎたら地面をキックする時に力が伝わりません。かといって、硬過ぎると足を痛めてしまう。
二宮: それを踏まえた上でBOOST™フォームの厚さは、日本人にはこれがベストだと?
三村: このシューズはマラソンも含めて長距離に適しているんです。特にリズムよく走る人には合っていると思います。
青学大、箱根連覇の裏側
二宮: 箱根駅伝を“完全優勝”で連覇した青山学院大学駅伝部の選手たちは、今年も三村さんが作ったシューズで走りました。その作成過程についてお伺いしたいのですが、一人ひとりの足を計測したのはいつですか?
三村: 9月に妙高高原で最終合宿があったんです。前年もそうでしたが、今回もそこで全員の足形をとりました。
二宮: その際のアドバイスは?
三村: 足で弱い部分を指摘しました。「悪いところはこうやって直して」と。基本的に足首が柔らかい選手が多いんですよ。だから「オマエら、こないしてテーピングせい。1分は違うぞ」と檄を飛ばしました。
二宮: 1人が1分違ったら、連覇は固いですね。
三村: 去年の箱根は4、5番手くらいの評価だったんですよ。「それやったら、10分以上全員で違うんだから、優勝するやろ」と言ったんですよ。それを選手は信用していなかった。それでも、ダントツ(10時間)49分台で走ったじゃないですか。
二宮: 今年は1区からトップに立つと、最後まで先頭を譲らず、圧勝でした。
三村: そうですね。でも今年は53分かかってしまいましたけどね(笑)。来年はもっと速く走らせますよ。
“お家芸”マラソン復活へ
二宮: 青学大の中にはリオデジャネイロ五輪の選考レースに参加する選手もいます。「adizero takumi sen boost 2」はリオ用ということでしょうか?
三村: そうですね。今年のリオは、これで行こうと思っていますけどね。既に女子マラソン代表に内定している伊藤舞や今後の選考レースに出る実業団の選手も履く予定です。
二宮: リオの8月はどんな気候なのか。それを想定して、若干、シューズを改良したりはするのですか?
三村: このシューズは通気性が優れていますから、暑さには対応できます。それに雨が降っても撥水効果がありますから、問題ありません。
二宮: 現地からの報告は?
三村: 試走には伊藤舞がもう行っています。写真なども集めてみて、路面の硬さとかコースの状況、アップダウンがどれくらいあるか。全ての材料から判断して、ソールの部分は変えるかもしれません。
二宮: 底の厚さや硬さを調整するわけですね。
三村: そうですね。あとは中敷きのクッション性を低くするか、高くするか。それは路面の硬さによっても変わってきます。
二宮: ところで近年は男女ともにアフリカ勢に押されて五輪のマラソンで、日本人選手は結果を残せていません。
三村: 全体的に練習量が少なくなっているような気がします。昔、瀬古利彦なんかは5000メートル走を一日に8本とかやっていましたからね。今なんか、それだけの練習量をやる選手、誰もいませんよ。これでは勝てないでしょう(笑)。
二宮: 練習の質は大事だけど、量はもっと大事だと。
三村: 個人的な意見を述べれば、故障を恐れて、鍛え込んでいない選手が少なくない。故障するんだったら、故障しないような足を作るべきでしょう。自分の弱いところは自分では見つけられません。そういうのを知っている私たちのところに来て、確認してほしい。そして、弱いところは強く、悪いところは直していく。そうすれば故障はしないですよ。やはり私は日本選手に頑張って欲しいし、勝たせたいんですよ。基本的には、「adizero takumi sen boost 2」も、そのためのシューズなんです。
1948年生まれ。兵庫県出身。数々の世界記録を生み出したシューズ職人。2004年、厚生労働省が「現代の名工」として表彰。2009年、工房「M.Lab(ミムラボ)」を設立。2010年1月にはアディダスと専属アドバイザリー契約を締結した。