名古屋市に本社を置く東海テレビが制作したドキュメンタリー映画「ヤクザと憲法」は労作にして秀作である。カメラは長期にわたって大阪府堺市にある指定暴力団に密着する。暴力団員は銀行口座開設が不可能なため、子供の給食費すら引き落とせない。学校に現金を持参すれば、親がヤクザだとばれる。その結果、何が起きるのか。日本国憲法第14条には、こうある。<すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない>。ヤクザと、その家族には人権すらないのか。重い問い掛けである。

 

 ドキュメンタリーの中に興味を引くシーンがあった。組事務所で組員が高校野球を見ながらお札を数えているのだ。よく、ここまで撮らせたものだと驚いた。誰がどう見ても、これは高校野球賭博の現場である。しのぎの実態だ。

 

 過去の野球賭博事件を調べれば明らかだが、高校野球であれプロ野球であれ、野球賭博にはハンデ師という、いわば“裏稼業”の住人が介在している。かつて野球賭博に精通していたプロ野球人がいた。首位打者1回、ホームラン王5回、打点王2回の強打者で、引退後は巨人や阪神などでコーチを務めた青田昇である。自著で野球賭博の実態について、こう詳述している。<胴元は“やくざ”すなわち暴力団である。この胴元にハンデ師というものがついている。AとBの実力を比較して、Aの方が強ければBに1点なら1点のハンデを与える。A2-2Bで引き分けという結果が出ても、Bには1点のハンデがあるから、Bの勝となる>(「ジャジャ馬一代」より)

 

 暴力団関係者との交際などを理由に1980年、わずか3カ月で長嶋巨人のヘッドコーチを辞めざるを得なくなった青田だが、故人の名誉のために言っておくと、青田が“ハンデ師”として警察から取り調べを受けた事実は一切ない。

 

 兵庫県警に逮捕され懲役8カ月、執行猶予3年の刑を受けたのは、別の巨人OBである。青田と同じ関西出身のためよく間違われるが、この人物は後にこう懺悔している。<野球とばくは、経済犯みたいなもんや。殺人などの凶悪さとは違うが、知人の八割は逃げたわ><あのことは、ワシの人生のなかで、もっとも暗い部分や>(サンデー毎日80年2月17日号)

 

 黒い霧事件をはじめ、球界を揺るがした不祥事の記憶がどんどん風化していくなか、プロ野球界は過去から学ぶべきである。

 

<この原稿は16年3月16日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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