「プロレスラーになって、長州力を倒して、俺が(マット界の)トップを走ってやる」

 僕は中学生の頃、先生や多くの父兄の前で、こんな大胆極まりない夢を高らかに宣言した。

 

 このあまりにも現実離れした突拍子もない夢に当然ながら教室中に笑いが起きたが、僕は真剣そのものだった。『革命戦士』と呼ばれた長州選手の当時の勢いは凄まじく、僕が支持していた『UWF』をも凌駕し、新日本マットを牽引していた。プロレス少年だった僕の目には、長州選手が日本マット界の中心にいるように映っていたのである。「オレが倒さねば」という勘違い甚だしい使命感を抱いた少年時代の僕は、魂を込めて前述の言葉を口にしたのだった。

 

 あの日から10年後に東京ドームという大舞台で、長州選手とシングル対決できたのだから、宝くじに当たるぐらい奇跡的なことだったと我ながら思う(勝てなかったことは心残りだが……)。

 

 しかし、これを「ラッキーだった」の一言で片付けてはいけない。この世に偶然はなく「すべて必然」という観点から考えてみると実現したのには間違いなく意味があるからだ。

 

 格闘技の実績があるわけでもない平凡な人間が、どうしてそこへ辿り着けたのか?

 

 夢を掴んだ端くれとして、そこまでの過程をしっかりと分析し、答えを見つけ出すべきだろう。そして、それを多くの子どもたちにも伝えたい。これこそが自分に課せられた使命だと思う。最近、夢を持つ子が少ないと聞くだけに僕の経験が少しでも役に立ってくれたら嬉しい。

 

 6月のコラム(ナオキックさんとの再会)でも触れているが、キックボクサーのナオキックこと石川直生さんのご紹介で、日本サッカー協会が行っている『ユメセン』というプロジェクトに僕も『夢先生』として関わらせていただくことになった。

 

「自分なんて……」という不安も正直あったが、ナオキックさんの目を見張る成長ぶりをみて、子どもたちの前に立つ重圧や責任感こそ今の自分に一番必要なことと感じた。

「全身全霊でトライしてみよう」。新たなことにチャレンジするのはワクワクするし、好奇心が刺激され燃えてくる。ナオキックさんとのご縁を大切にしていく意味でも『夢先生』として恥ずかしくない姿を見せなければならない。

 

 早速その機会が訪れたのは9月上旬のことだ。

 僕は緊張の面持ちで、千葉県市川市にある小学校の教壇に立っていた。

 

 初回からいきなり3時間目から6時間目までの計2クラスを担当することになり、それはもう冷や汗の連続だった。

 

「前向きに考え、覚悟を持って行動すれば夢は必ず叶う」

「困難なことにぶつかった時こそ成長できるチャンス。だからピンチはチャンスなのだ」

 これらは挫折を繰り返した自らの体験から得た言葉だ。

 

 小学5年生の子どもたちに夢の素晴らしさを伝えるため、黒板を使って自分のこれまでの歩みを熱弁したが、ついつい一人よがりになってしまった。

 

「僕の考えが果たして、どこまで伝わったのだろうか?」

 初回ということもあり、子どもたちの反応までは見る余裕はなかった。

 

『夢先生』というより『しくじり先生』というぐらい数々の失敗を重ねている僕は、その時の心情や、そこからどう立ち上がったかを分かりやすく伝えようと努めた。

 

 どんなつらい状況でも前を向いていられたのは『夢』があったからだ、と僕自身が一番実感している。真っ暗闇の中、どこへ向いて進んでいいか迷った時の道しるべとなるのが『夢』なのだ。がんになって途方に暮れた時も『夢』が僕を救ってくれたのである。

 

「キャンピングカーに乗って本を手売りする」。これは闘病中に考えていたことで、抗がん剤治療で心が打ちひしがれている頃の僕にとっての夢だった。退院して1年もしないうちに、これが現実のものとなったのだから願えば叶うものである。夢は、生きていくうえでの原動力なのだと改めて感じた。

 

 夢を叶える近道は、恥ずかしがらずに公言することだと思う。ただ、大事なのはその言葉に魂がこもっているかどうかだ。上っ面の言葉を吐いてはいけない。心の底から実現したいものでなければ『有言実行』とはならないだろう。

 

 僕のいまの夢は、がんを完治させ、リング復帰を果たすことだ。これは『Uの青春』にもはっきり書いてある。やるのはUWFスタイルとも具体的に宣言しているのだから、本気も本気だ。

 

 僕は『夢先生』の授業でも子どもたちの前で、この夢を高らかに宣言している。44歳になった現在も中学生の頃と変わっていないと我ながら笑ってしまうが、不可能を可能にしていくには口に出すことだ。

 

 生徒たちの前でそのことを語っている時、中学生時代の夢がまだ完結していない事に気がついた。長州選手をまだ倒していないのである。64歳の長州選手は幸いなことに今も現役バリバリだ。「今なら勝つチャンスがあるかも」。年齢を考えれば僕の病気と変わらないぐらいのハンディがあるはずだ。

 

「よし、病気を克服し、UWFスタイルで長州力に勝つ!」

 夢が更に具体的になり、面白くなってきた。


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