自己主張の強いイメージがある金本浩二選手だが、これまでのベストバウトを聞かれるとなんと自分が負けた試合を口にする。2003年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニア決勝戦での僕との試合や、1997年に日本武道館で行ったエル・サムライ選手との一戦に強い思い入れがあるというのだ。
僕との一戦を選んでもらい嬉しい反面、レスラーとしてのレベルの違いを感じざるをえない。普通なら、自分が優勝した試合や何度もその腰にベルトを巻いたタイトルマッチを選ぶはずだ。自らの栄光より、引き立て役となった試合が、生涯のベストバウトだと言い切れるなんて到底考えられない。きっと金本選手のようにプロレスを極めた者だけしか見えない世界があるのだろう。
プロレスには「受けの美学」という言葉がある。
僕が全日本に所属していた頃、馬場さんから「プロレスは受け身」とそれこそ耳にタコができるほど叱られたものだった。テレビ解説で僕の試合を語る馬場さんは、「垣原は受けに回ると弱くみえる」と厳しかった。今となってはこの言葉の意味がよく理解できる。
『プロレスの醍醐味は受け』
これこそがプロレスを体現している簡潔な言葉なのかもしれない。
それにしても負け試合をベストバウトに選ぶ金本選手の受け重視目線には本当に脱帽である。しかし、受けの究極が「負け」だとしたら、闘いの意味を見出せなくなる。あまりにも深すぎて少々頭が混乱してきた。金本選手の頭の中を一度のぞいてみたいものだ。
そんなプロレスマスターの金本選手と大阪のトークショーでご一緒する機会に恵まれた。先月の24日、僕はサプライズゲストとして、そのトークイベントに呼ばれたのである。じっくり話をするのは、おそらく10年ぶりではないかと思う。ちなみに金本選手は、僕の引退試合の相手でもある。
あの引退試合は、エキシビションのはずだったが、「5分以内で勝ったら、このベルトをくれてやる」と王者の金本選手の提案で、急遽タイトルマッチとなった(実行委員会の許可なし)。この試合もそうだが、金本選手とは徳島でやったIWGPジュニアヘビー級のタイトルマッチも強く印象に残っている。その日のメインイベントとして行われたのだが、ジュニアがヘビー級を抑え、興行のトリを務めるのは稀なことなのだ。金本選手とは、スーパージュニアの決勝戦だけでなく、熱い試合を数多く行なった戦友なのである。
僕は、リスペクトしている好敵手とファンの前で本音トークができるとあって、イベント前夜は興奮していたため、なかなか寝付けなかった。
「こんなに気分が高揚するのは久しぶりかも」
イベント当日、待ちに待ったトークが始まると、思いもよらぬ試合の話となった。
「カッキーの中野(巽耀)選手とやった試合のあの掌底(攻撃)は凄かったな」
Uインター時代に大阪府立体育会館で行われたこの試合は、僕が先輩の中野選手の顔面を血だらけにし、眼底骨折にまで追い込んだ後味の悪い一戦だった。しかし、20年以上も経っているにも関わらず金本選手が覚えていることを考えれば、いろいろあったが「こんな試合もあり」と良い思い出に変わりそうだ。
僕は照れ隠しをするように金本選手の試合へと話題を変えた。
「昨年、出ていただいた応援大会(カッキーエイド)での金本さんと中野さんの絡みも面白かったですよ」
これは、決してお世辞ではない。会場のモニターでこの試合を見ていて一番興奮した絡みだったのだ。「次はシングルで見たい」と本気でそう思った。
考えてみると2人とも50歳を過ぎているにも関わらず、今もなお血気盛んなケンカファイトができるのが驚きに値する。両選手とも超人的に気持ちが強いレスラーなのだ。
がんを患っている今の自分にとって、この「不変な強い気持ち」こそが一番手に入れたいものなのである。金本選手から少しでもそのスピリッツを吸収しようとイベント終了後もいろいろと話し込んでしまった。
「実は昨年、ムーンサルトを失敗して首の骨を折ったんやけど1カ月もせえへんうちに試合をしたよ。もちろん医者にも止められたけど、もうカードが発表されてて、どうしても断れない状況やったから」
金本選手のこの話を聞いて、僕は「首の骨ですよね?」と何度も聞き返してしまった。
首の骨が折れた状態で試合をやっていたなんて、これはもう大事件である。
それに折れた原因であるムーンサルトプレスを早くも解禁して試合で使っているという。
「レスラーはやっぱ超人だ」。僕は目の前の金本選手を同じ人間とは思いたくなかった。
「信じられない驚きの事実ですよ」
年齢や怪我を理由に現状から逃げている者がたくさんいる中、ここまでの覚悟を持ってリングに上がる選手はそういない。
金本選手の試合が魂を揺さぶられるのは、ここまで命を削っているからだと思った。
「改めて金本選手と競い合えた日々を誇りに思います」
この再会が、今後の自分の歩みに大きな変化を及ぼすに違いない。
大きな刺激を与えてくれた金本さんに大感謝である。
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