二宮: 下半身不随の選手は、上半身の力だけでストックを使って雪上を滑ったり、競技用車椅子を漕ぎます。相当な筋力が必要だと思いますが、実際にトレーニングを指導された久保選手の筋肉の質はいかがでしたか?

櫻井: パラリンピック選手のトレーニングを指導したのは初めてだったのですが、久保選手の筋肉は、まだまだ改良の余地があるのではないかと感じました。というのも、久保選手を指導するようになってから、わずか半年ほどで動きが格段に変わって、筋力テストで使用した腕で漕ぐハンドエルゴメーターのペダリングのスピードが上がったんです。

 

伊藤: その要因は何でしょう?

櫻井: おそらく後天的に鍛えられたからだと思います。私たち健常者の脚は、自分の身体を支えられるほどの筋力があり、毎日歩いたり走ったりすることで自然と鍛えられているわけです。ところが、久保選手の上半身は、高校卒業後、障がいを負ってから身体を支えられるほどに鍛えられた。ですから、短期間でリモデリングが可能だったのではないかと思うんです。

 

二宮: それは久保選手に限ったことではなく、パラリンピック選手全体に言えることなのでは?

櫻井: そうだと思いますね。ですから、きちんと科学トレーニングをしていけば、眠っている能力が引き出されて、グンとパフォーマンスが上がる選手は少なくないと思います。

 

 意義あるトレーニング拠点の一元化

 

伊藤: そのためにも、やはりパラリンピック選手が科学トレーニングを充分にできる環境が望まれます。

二宮: 当初は既存のナショナルトレーニングセンター(NTC)とは別の場所に、パラリンピック専用のNTCをつくろうという計画があがっていましたが、先月政府は国立スポーツ科学センター(JISS)を含め、既存の施設を共用する方向で検討に入りました。私は共生社会や心のバリアフリーという観点からも、オリンピック選手とパラリンピック選手が同じ環境でトレーニングするというのは、非常にいいことだと思っています。

 

櫻井: 私も同じ考えです。世界を目指して厳しいトレーニングをするという同じ境遇の者同士が知り合うことで、モチベーションが上がったり、トレーニングの知識が向上するということもあるはずですからね。久保選手のように、パラリンピック選手のほとんどが自己流で、しかも専門施設が少ない中でトレーニングしているのが現状です。そんな中でも、世界と渡り合ってきたわけですから、NTCやオリンピック選手、コーチが持っている引き出しを、パラリンピック選手も共有することができれば、さらなるパフォーマンスの向上が期待できます。

 

二宮: ロンドンパラリンピックで金メダルに輝いた女子100メートル背泳ぎ(視覚障がい)の秋山里奈さんは、現地入りする前にJISSのプールで練習したことが金メダルにつながったと言っていました。というのも、プール内に設置されたタッチ板にはオメガ社製とセイコー社製があって、オリンピック・パラリンピックではオメガ社製が使用されていますが、日本のプールはほとんどがセイコー社製なんです。背泳ぎでは、スタート時にタッチ版を蹴るのですが、オメガ社製とセイコー社製とでは蹴った時の感覚がまったく違うんだそうです。秋山さんは「JISSで練習できていなかったら、金メダルは獲れなかったと思う」と言っていました。こうした例ひとつとっても、オリンピック選手とパラリンピック選手が同じ施設でトレーニングする意義は大きい。

 

伊藤: 考えてみれば、オリンピックとパラリンピックでは、ほとんどの競技が同じ会場で行われるわけですから、NTCやJISSの共用は理にかなっていますよね。

櫻井: はい、おっしゃる通りです。既存のNTCやJISSには最新のテクノロジーがたくさん詰め込まれているわけですから、パラリンピック選手も使えるようなシステムづくりを早急に進めてほしいと思いますね。


(第3回につづく)

 

櫻井智野風(さくらい・とものぶ)プロフィール>
神奈川県生まれ。1991年、横浜国立大学大学院教育学研究科保健体育学専攻修了。1992年より東京都立大学理学部体育学教室助手、2006年より東京農業大学生物産業学部健康科学研究室准教授を経て、2014年4月より桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部スポーツテクノロジー学科教授となる。『乳酸をどう活かすか』(杏林出版)、『ランニングのかがく』(秀和システム)など著書多数。日本陸上競技連盟普及育成部委員。日本トレーニング科学会理事。


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