伊藤: ある新聞が小学1年生に将来の夢についてアンケートをとったところ、スポーツ選手は男の子では1位、女の子でも7位にランクインしているんです。しかし、これはいわゆる健常者の子どもたちであって、ここに障害児は含まれていません。では、同じアンケートを障害児にすれば、健常者の子どもたちと同じような結果が出てくるかというと、答えはおそらく「No」だと思います。それはなぜかというと、そもそも障害のある子どもたちは、自分たちができるスポーツがあるということを知らないからです。

 

乙武: 実は僕が子どもの頃、一番最初に抱いた将来の夢はプロ野球選手になることだったんですよ。なぜかというと、僕の場合、車椅子から降りて地べたに座った状態になるので、ストライクゾーンが普通の人よりも低くて狭いんです。だから、ピッチャーはなかなかストライクを取ることができない。そこで9回裏、1点差で負けている場面で、どうしても先頭バッターを塁に出したい時に「代打・乙武」となるわけです。そこで僕が四球を選んで、代走が出ると。つまり、「打率0割、出塁率10割」という、プロ野球の歴史的にも僕にしかなれないバッターになれるんじゃないかと、結構真剣に考えていたんです(笑)。あとは猛特訓すれば、バントくらいはなんとかできるようになるんじゃないかと思っていたので、これは脅威の伏兵としてベンチ入りも夢ではないなと(笑)。

 

二宮: 実際、乙武さんが打席に立つと、ピッチャーはコントロールを乱しましたか?

乙武: はい。明らかに他のバッターとストライクゾーンの高さが違いますからね。ストライクを投げようとすると、ワンバウンドになって、ワイルドピッチになるんです。でも、ノーバウンドで地面すれすれに投げるのは相当難しいんですよ。ですから、よく四球を選んでいましたよ(笑)。でも、こうした夢を抱いたのも、僕が友達と野球やサッカーというスポーツに慣れ親しんでいたからこそなんですよね。もし、僕がスポーツを知らなかったら、こういう発想は出てこなかったかもしれません。

 

 自由な発想のできる環境へ

 

二宮: 一般の学校と特別支援学校と、どちらに行くかは本人に選択権があるのですか?

乙武: いえ、基本的にはその子ども本人や保護者には選択権はないんです。日本では小学校に入る前に就学児健康診断があるのですが、そこで就学指導委員会などによって、一般の学校と特別支援学校とに振り分けられる仕組みになっています。

 

二宮: 一般の学校に通いたいと思っている子どもや保護者もいれば、特別支援学校の方がいいという場合もある。それは人それぞれ。どちらがよくて、どちらが悪いということはないでしょう。問題は、本人やその保護者に選択する権利が与えられていないということ。これは基本的人権のひとつである自由権の侵害といっても過言ではないのでは?

 

伊藤: 先ほどのスポーツ選手という夢もそうなんですよね。障害児全員にスポーツ選手になる夢を持ってほしいとか、スポーツを好きになってほしい、と言いたいわけでは決してありません。ただ、選択肢がいろいろと用意されている中で、子どもたちが自由に選べるようになってほしい。乙武さんが「プロ野球選手になりたい」と思ったように、自由な発想ができる環境を整えることが重要だと思います。

 

乙武: 実は僕は今、中央教育審議会初等中等教育分科会の特別支援教育の在り方に関する特別委員会のメンバーとして活動しているんです。そこで学校を選ぶ権限を本人や保護者に与えてほしいと強く要望しているのですが......。なかなか受け入れてもらえないですね。でも、今後も諦めずに強く求めていくつもりです。

 

(第5回につづく)

 

乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)プロフィール>

1976年4月6日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から3年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』(文藝春秋)、『残像』(ネコ・パブリッシング)、『年中無休スタジアム』(講談社)、『だいじょうぶ3組』(講談社)、『オトことば。』(文藝春秋)など多数。


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