(写真:タイムズスクエアで記念撮影する新旧王者の姿は、ボクシング界の範疇を超えた形で話題になった)

(写真:タイムズスクエアで記念撮影する新旧王者の姿は、ボクシング界の範疇を超えた形で話題になった)

4月29日 ロンドン ウェンブリースタジアム

IBF世界ヘビー級タイトル戦

王者

アンソニー・ジョシュア(イギリス/27歳/18戦全勝(18KO))

vs.

元世界ヘビー級3団体王者

ウラディミール・クリチコ(ウクライナ/40歳/64勝(53KO)4敗)

 

「米国内のマーケットにおいて、この試合はレノックス・ルイス(イギリス)対マイク・タイソン(アメリカ)、ルイス対ビタリィ・クリチコ(ウクライナ)戦以来では最大のヘビー級タイトルマッチになる。現時点でもジョシュアはスターだが、近未来にもっと大きなスーパースターになるだろう」

 1月31日、ニューヨークのマディソン・スクウェア・ガーデン(MSG)で行われた会見にて、Showtimeのスティーブン・エスピノーザはそう述べた。

 

 日常的に誇張が溢れ返るのがボクシング界。しかし、プレミアケーブル局の幹部によるコメントは必ずしも大げさとは思えなかった。

 元ロンドン五輪ヘビー級金メダリストであり、サイズ、技術、パワー、スピード、見栄えの良い戦績をすべて備えた若武者の可能性は無限大だ。現在のボクシング界で、ワールドワイドなスーパースターに最も近い位置にいるのがジョシュアだと言って良い。

 

(写真:試合当日、ウェンブリースタジアムはとてつもない熱気に包まれそうだ)

(写真:試合当日、ウェンブリースタジアムはとてつもない熱気に包まれそうだ)

 すでにイギリスでは大変な人気であり、クリチコ戦のチケット売り上げは絶好調。伝統のスタジアムは実に9万人の大観衆で埋め尽くされることになりそうだ。

 そのテレビ放映権をめぐり、アメリカ国内でも7桁の金額が飛び交う正真正銘の争奪戦が勃発。ニューヨークでの会見にはHBO、Showtimeの重役が姿を見せていた。

 

 ヘビー級支配への序章

 

 これらの喧騒のすべてはジョシュアのスター性がゆえである。ロンドンの試合だというのに、アメリカでもお披露目イベントが催された背景に、クリチコ戦後の米国進出への期待感があることは言うまでもない。

 

「アメリカはボクシングのメッカであり、多くの偉大な王者たちを生み出してきた。ここで自身のスキルを証明し、存在を確立するのは良いことだ。ニューヨークに来れて嬉しい。何か新しく、フレッシュなことの始まりに感じられる」

 MSGでのイベント中、まずはクリチコ戦に集中しなければいけないと前置きした上で、ジョシュアはアメリカ進出の意欲を隠さなかった。

 

 米マーケットでは中量級全盛の現代でも、最重量級の王者には依然として特別な存在意義がある。クリチコ戦で真価を証明できれば、ジョシュアの世界は広がる。今年後半にも、本人が望むラスベガス、あるいはイギリスから便の良いニューヨークでの米国デビューが視界に入ってくるはずだ。

 

(写真:ジョシュア<左>とハーン・プロモーターは近未来のアメリカ進出を明言している)

(写真:ジョシュア<左>とハーン・プロモーターは近未来のアメリカ進出を明言している)

「デオンテイ・ワイルダーと統一戦を行いたい。ジョシュア対ワイルダーを米国内で行えば凄いイベントになる。PPVで大金を生み出すために、アメリカでもジョシュアの商品価値を大きくしておいて欲しい」

 ジョシュアが所属するマッチルームボクシングのエディ・ハーン氏がそう述べた通り、最終的には、WBC王者ワイルダー(アメリカ/37戦全勝(36KO))との決戦実現に向けて関係者は動き出すに違いない。

 

 無敗のパンチャー同士の米英対決には分かりやすい魅力がある。真の意味で国際的なメガイベントになりそうな統一戦が実現すれば、その勝者は文字通り現代ヘビー級の支配者として認められることだろう。

 

 タフさを証明できるか

 

 もっとも、少々先走ったが、ジョシュアは4月のクリチコ戦を簡単に考えるべきではない。8ラウンド以上を戦ったことがない新鋭にとって、試合開催時には41歳になっている大ベテランの経験は脅威となりかねない。

 

(写真:老雄クリチコの経験とパワー、巧さを侮るべきではない)

(写真:老雄クリチコの経験とパワー、巧さを侮るべきではない)

「ジョシュアにはまだ未知数の部分はたくさん残っているよ。何度もパンチを受けたときにどう対処する? もしかしたら彼は“新たなフランク・ブルーノ”ではないのか?」

 会見時にクリチコはそう指摘し、不敵な笑みを見せていた。

 

 ブルーノとは1995年にWBC世界ヘビー級王者を獲得したイギリス人で、ジョシュア同様、母国では絶大な人気を誇った。ただ、生涯で喫した5敗(40勝(38KO))はすべてストップ負け。この打たれ弱さも災いし、結局は後世に語り継がれるほどの実績は残せなかった。

 

 ジョシュアはブルーノよりも遥かに本格派に見えるが、証明されていない部分は確かにまだ多い。2015年12月のディリアン・ホワイト(イギリス)戦ではダメージを受けた場面があり、打たれ強さに懐疑的な関係者は少なくない。そして、このタフネスへの不安に対する答えは、おそらくクリチコ戦で出されることになるのだろう。

 

 百戦錬磨のクリチコとの対戦は長期戦になることも考えられる。新星はそこでブルーノとは一味違う心身両面のタフネスを誇示できるかどうか。ヘビー級新時代の主役として、筋金入りの実力をアピールできるか。

 

 ワイルダーより一段上のスキル、クリチコを遥かに上回るスター性を持つジョシュアがシナリオ通りに階段を登れば、ボクシング界にとって大きい。アメリカでもタイソン、イベンダー・ホリフィールド(アメリカ)以来のビッグネームになる可能性は十分。新大陸でも魅力をアピールすべく、2017年はジョシュアにとって極めて多忙で、重要な1年になっていきそうである。

 

(Photos/Ed Mulholland, Matchroom Boxing, K2 Promotions, KMG Management Group)

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。

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