独走でリーグ制覇し、3年ぶりの日本一を達成した巨人の強さの理由はどこにあるのか。一般的には選手層の厚い強力打線と思われがちだが、投手陣の頑張りも見逃せない。チーム防御率2.16は12球団で断トツトップ。先発の内海哲也、杉内俊哉の両左腕が試合をつくり、リードを奪えば山口鉄也、スコット・マシソン、西村健太朗らが締めくくるパターンができあがっていた。V奪回には欠かせない存在だった内海や山口などを2軍で育て上げたのが、名伯楽の小谷正勝だ。小谷は現役時代、大洋でリリーフとして活躍し、その後、昨季まで33年間に渡り、大洋(横浜)、ヤクルト、巨人で投手コーチを歴任した。能力を買われ、来季からはロッテの2軍投手コーチに就任する。ピッチング指導のスペシャリストに二宮清純が制球力アップのコツを訊いた。
二宮: 多くの評論家が「球速は天性のものだけど、コントロールは努力で改善できる」と言います。だけど、ノーコンのピッチャーは、だいたいノーコンのままで終わることが多いですよね。
小谷: コントロールはピッチャーにとって永遠の課題ですね。これを良くしようとすれば、まず技術の前に意識が大切なんです。要は“そこに絶対投げるんだ”という義務感を持っているかどうか。これがないと、ボールは狙ったところに行きません。コントロールがいつまでも向上しない投手は、制球よりも、速いボールを放りたいとか、バッターをねじ伏せたいとか、そういった部分にばかり気をとられているんです。この意識面をしっかりさせた上で、ストライクを放れる自信がある球を自分でひとつ見つける。これが大切ですね。

二宮: たとえば北海道日本ハムの左腕・吉川光夫のように、コントロールが改善すると“大化け”するピッチャーもいます。制球力をアップするコツがつかめれば、プロで大きく飛躍する選手も多いのではないでしょうか。
小谷: ピッチャーが、なぜ毎日ピッチング練習をするかといったら、思っているところにストライクを投げ分ける、そのコツをつかむためです。そこで一番大切なのがリリースポイント。ボールを放すコツさえつかめば、そんなに練習する必要もなくなるんですよ。よく腕の振りが速いのがいいとか、遅いのは悪いとか言う人がいるでしょう。僕はあんなものウソだと思いますよ。だっていくら腕を振ったところで手首が固まっていたら、いいボールは放れません。腕がしなり、手首がしなり、最後は指先がしなる。連動してしなることで狙ったところに、いいボールが投げられるようになるんです。

二宮: ただし、リリースポイントだけを意識しても問題は解決しませんよね。
小谷 もちろん上半身だけで投げようとしても無理です。下半身の動きに上半身を合わせてつなげていく。これに尽きるでしょうね。

二宮: この点を踏まえた上で、小谷さんは「ピッチングの基本は軸と回転」とおっしゃっているわけですね。
小谷: コンパスを考えて下さい。いくらでも上手に円が描けるのは軸が定まっているからでしょう。それと一緒で、まずは軸足でしっかり立ちながら前方へと移動する。そして前足で体を支えて腰で回転する。腕が腰に巻きつくように出てくれば、指先でバチーンとボールを切ることができます。この動きが常にできるようになれば、ボールの速い遅いは別として狙ったところに放れるコントロールは身につけられると思いますよ。

二宮: なるほど、原理原則は理解できました。とはいえ頭でわかっていても、実際に体で表現できなければコントロールは良くなりません。選手がコツを覚えるためのヒントを与えるのがピッチングコーチの大事な仕事になるのでしょうね。
小谷: その点ではいろんな引き出しを持っておくことがコーチには重要ですね。たとえばヤクルトのコーチ時代、僕は左腕の石井弘寿に、あえてバッティング練習をさせました。当時の2軍監督だった八重樫幸雄に「屋内練習場でバッティングをさせてくれ」と頼んだんです。

二宮: なぜピッチャーにバッティング練習を?
小谷: 彼は速いボールを投げられるのに、下半身から上半身への動きが合っていなかった。実はバッティングにおける体の使い方とピッチングにおけるそれは一緒なんですよ。この練習をさせてから、体の使い方を覚えたのか見違えるように良くなっていきました。
 横浜時代にはのちに“ヒゲ魔神”と呼ばれた五十嵐英樹に縄跳びをやらせたこともあります。縄跳びは足首とヒザを使って上体に連動させますから、大変いい練習になるんです。これによって、もともと強かった下半身の力を上半身にもつなげられるようになりましたね。

<現在発売中の講談社『本』11月号でも、小谷さんとのインタビューが載っています。こちらもぜひご覧ください>