<この原稿は1986年5月号「ザ・ヒットマガジン」に掲載されたものです>

 

 よく、全日本のレベルを上げるためにはどうすればいいかって聞かれるんですよ。ボクはまず、日本リーグ自体のレベルを上げることだと答えるんです。では、どうすれば日本リーグのレベルを上げられるかというと、これは試合数を増やす。これしかないと思うんです。

 

 今、年に22試合ですか。ボクは12試合を2カ月半でやったことがあるんです。では、練習試合やってるじゃないかというかもしれないけど、これは全然違う。やっぱり真剣勝負じゃないと選手は伸びないと思うんです。

 

 例えば、日本リーグで22試合やり終わった後、トップの6チーム、下位の6チームでそれぞれリーグ戦やるとかね。そうしないと新人も出るチャンスがなくて成長しないでしょう。試合が増えれば、当然のことながら若手にもチャンスが増えますからね。やっぱり実戦の中で経験を積んでいくのがベストだと思うんです。

 

個人技が生かされないと面白くない

 

 日本で正月に見たのは、フジタ-日産、読売クラブ-兵庫教員、そして読売クラブと日本鋼管の天皇杯決勝ですか。フジタ-日産はよくわらなかったけど、読売と鋼管の試合は面白かったですね。

 

 日本の選手はガッチンガッチンいくでしょう。ああいう体力と体力のぶつかり合いっていうのは、あんまり好きじゃないんです。やっぱり個人技がいかされるような試合じゃないと面白くないじゃないですか。その点、読売と鋼管の試合は、個人技があって良かったですね。

 

 選手でいうと、水沼貴史さん、木村和司さん、柱谷哲二さん、戸塚哲也さん……、特に水沼さんなんかはめちゃうまいですよ。もっとも水島武蔵さんなんかは、日本の選手を全然評価しないですけどね。彼には彼の考え方があるんだろうけど、ボクはそうは思わない。技術的にいい選手は日本にもたくさんいると思うんですよ。

 

 しかし、練習方法は、ちょっと考えた方がいいかもわからないですね。例えばブラジルは疲れるとすぐに休ませてくれるんです。選手に無理させない。しかし、日本は30試合なら30試合、ぶっ続けでやっても大丈夫な体力を作ろうとする。45分、45分なら、最初から最後まで全力でやれるような体力をね。

 

 ブラジルは違うんです。45分、45分なら、バテないように、最初からうまく体調を調整できるように指導する。ベレーザ(サントス)なんか、あまりきつくないといわれる東海大一高の練習でもイヤだっていっていましたよ。もっとも、国によっていろいろなやり方があってもいいとは思いますけどね。

 

“あんなもんか”と思われるのが一番イヤ

 

 ところで、この前、読売クラブと一緒に練習をしたんですけど、自分でもやれると思いましたね。昨年、全日本とキリンカップでやったとき(三浦選手は南米のパルメイラスの一員として参加)、実はボク、あまり調子が良くなかったんです。それなのに相当、反則でやられた。“19歳のガキに負けたくない”って思ったんでしょうね。

 

 でも、あれだけ反則でやられたってことは、ボクを恐がっている証拠ではないかって考えるようにしたんです。1対1でいきなりスライディングタックルにきたり、3人くらいでいっぺんに来たり……それは凄かったですからね。

 

 でも、あれでボクは自信がつきましたね。正直いって、やれると思いましたよ。また、そう思ってないとやれないでしょう。とにかく、何事もいい方向に考えていかないとめいっちゃいますからね。

 

 ボク、こう見えても、わりと神経質なんですよ。周りが自分のことどう思ってるかとかすごく気になる。失敗したプレーなんかに対して、“あんなもんか”と思われるのが一番イヤでね。ま、こういう気持ちが向上心になっているうちは大丈夫だということなんでしょうね。

 

 三浦知良のブラジル帰国が近づいた1月のある日、知良の良き理解者である母の由子さんを訪ねた。わずか15歳の子供を、それも地球の裏側の国へ送り出す際の心情を理解したかったのだ。彼女はいった。

 

「子供には好きなことをやらそうと思っていました。しかし、辛かったですね。成田へ行くときには、涙が止まりませんでした。もう会えないんじゃないかって思ったりして……。行った最初の頃は“今から、すぐ帰る”ってブラジルから、泣きながらよく電話をかけてきましたよ。ここまでよく頑張ったと思います」

 

 しかし、三浦知良の闘いは、まだ始まったばかりである。「一歩でも憧れるマラドーナに近づきたい」という理想を持つ三浦知良にとって、世界最高峰のブラジル流テクニックの修得は、3歳でサッカーを始めた男の人生の命題への挑戦でもある。

 

 ボクはブラジルでサッカーやってて、満足することは一生ないと思うんですけど、少しでも理想に近づけるように頑張りたいとは思っています。でも、日本でやる時期がきたら、帰るつもりでいます。

 

 でも、まだそういう時期ではないですね。今はまだしょうがないといったらおかしいけど、帰る時期ではないと思っています。まだ、ブラジルでやることがたくさん残っていますからね。昨年はアシストだけだったから得点もあげないといけない。それに、もっと勝利にも貢献したいですからね。

 

いつかは日本で稼ぐ……

 

 一度、ブラジルのサッカーを観にきて下さいよ。ものすごく熱狂的ですから。ボクは5万の会場でしかやったことないけど、多いときには11万人入りますからね。そうなるとヤジもほとんど聞こえない。でも観客が少ないと、言葉はわからないまでもヤジは分かるんです。

 

 ブラジルでアウェイ(敵チームのグランドでの試合)のときなんか、ボクがボールを持ったら凄いですよ。もう、目茶苦茶にヤジがとんできます。和訳すると、“ケツの穴くえ!”とか“オマエのカアちゃんは情婦だ!”とかいうものなんですけど、これなどまだマシな方。“日本へ帰れ!”っていってきますからね。ブラジル人は、日本人はサッカーできないと思っている。“オマエ、サッカーできないなら空手やれ”ってやられたこともありますよ。もう言葉の悪さは日本なんか比較にならないですね。

 

 でも、この前は日本でも相当やられましたよ。例の三浦和義さんと同じ(名前)でしょう。子供から“オマエ、どうしてここにいるんだ”とか“裁判どうした”とかね。母はイメージ悪いから三浦知にしろっていうんですけど、名前かえてツキが落ちるのはイヤですからね。だから変えるのやめたんです。笑えない話ですよね(笑)。

 

 趣味ですか? ビデオを観ることですかね。日本のドラマとか歌番組を1週間分くらいどんと借りてきて、毎晩見るようにしています。最近見たのでは、“となりの女”なんか良かったですね。そう、大原麗子が主演のヤツですけど。

 

 とにかく、治安が悪いので、あまり夜、外へは出歩かないですね。給料は日本円で15万円くらい。こっちは物価が安いから60~70万円分くらいにはなるんでしょうけど、金のない留学生たちにおごったりすると、すぐになくなりますよ。ま、その分はいつか日本で稼ぎますよ。日本のチーム? 西武なんかいいんじゃないですか(笑)。ボクが日本に戻る頃には、もっとプロ化も整備されていると思います。そして、将来はアニキと2人で世界の舞台で日本人だってやれるってことを証明してやります。その自信はあります。ま、楽しみにしていて下さい。

 

(おわり)


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