◆前編001IMG_9877二宮清純: 今回の「この人と飲みたい」は、広島や日本ハムで活躍した金石昭人さんをお迎えしました。よろしくお願いします。

金石昭人 はい、よろしくお願いします。で、今日は何を"飲む"んでしたっけ?


二宮: 対談テーマよりも先にお酒のことですか(笑)。そば焼酎『雲海』の「そばソーダ」を飲みながら、プロ野球や地方大会が真っ盛りの高校野球について語り合いたいと思っています。
金石 ほー、これが雲海の「そばソーダ」ですか。うん、やはりこの飲み方はすっきりしていていいですね。

 

二宮: 暑い夏にはぴったりでしょう。
金石 いやー、これはうまい! 炎天下で頑張っている高校球児には申し訳ないけど、暑い日ほど美味しく飲めそうです。口も滑らかになりますよ。

 

二宮: ではそのテンションでお願いします。
金石 わかりました。では早速、おかわりをいただけますか(笑)。

 

 

 逆転のPL

二宮: 金石さんは高校野球の名門、PL学園(大阪)の出身です。PLに進むくらいですから中学時代から相当に名を轟かせていたんでしょうね。 

金石 僕は中学時代は軟式野球部で、そんなに実績もありませんでした。なぜPLに進学したかというと、伯父さん(金田正一・元国鉄、巨人)の推薦なんですよ。伯父さんは僕が小学校のときから「こいつは野球の才能がある!」と見抜いてくれて、「野球をやるならPLの野球部に行け」と。

 

二宮: 400勝投手の金田さんから簡単に「行け」と言われてもそう簡単に入れる所ではないですよね。
金石 PLの野球部は基本的に各地の有力選手をセレクションでとってましたからね。普通は入れませんが、僕の場合は伯父さんがPL教団の教祖さんと知り合いだったらしく、それでテストというかセレクションを受けて、まあ入学したわけです。

 

二宮: 同級生は?
金石 プロに入った選手だと西田真二、木戸克彦、谷松浩之らがいました。僕以外はみんな「どこどこの優勝ピッチャー」「どこそこのスラッガー」みたいなヤツばっかりでしたよ。

 

二宮: 甲子園出場は?
金石 僕がベンチ入りしたのは3年の夏だけですね。西田たちは春も出ていますが。

 

二宮: 西田さんがエースで4番。金石さんはその控え投手?
金石 そうです。僕は体が弱かったこともあって、3年の春まではベンチ入りすらできずに、ずっとバッティングピッチャーをやっていました。それでようやく3年の夏にベンチ入り、背番号は10番でした。

 

二宮: 金石さんが3年生の1978年の夏といえば、PLが初優勝を飾ったときですね。
金石 はい。「逆転のPL」と呼ばれていました。準決勝は中京を相手に4点差を追いついて延長12回にサヨナラ勝ち。決勝も高知商と戦い、0-2で迎えた9回裏に3点取ってサヨナラ勝ちでした。

 

二宮: 決勝での西田さんのライト線への同点ツーベースは今でも鮮明に覚えています。
金石 西田はひとりで投げて4番を打って、すごい精神力ですよ。

 

二宮: あのときのPLの強さは何か神がかってましたね。
金石 ベンチでも負ける気がしませんでした。我々世代の「逆転のPL」に憧れて元巨人の吉村(禎章)が入り、その後はKKコンビ(桑田真澄・清原和博)が話題になって、それに憧れて立浪(和義)や片岡(篤史)、橋本(清)が入ってきた。言うなれば我々がPL全盛期の始まりでしたね。

 

◆金石さん乾杯後前編DSC02125 別世界の「21球」

二宮: 高校卒業後の進路、プロ以外に社会人の誘いは? 

金石 和歌山の三協精機が声をかけてくれました。ですが、ちょうどそのときに伯父さんの金田留広さん(正一の実弟・最多勝2回)がロッテから広島にトレードされた。それで古葉竹識監督に「うちの甥っ子、将来性を買って面倒をみてくれませんか」と頼んでくれて、それでドラフト外で広島に入ったんです。

 

二宮: 金石さん、当時の球速は?
金石 135キロくらいでしたね。だから本当に将来性だけを買われて入れてもらったというところです。

 

二宮: 同じ年のドラフト1位は?
金石 日本鋼管の木田勇さんを1位指名したけど拒否されて、だから広島の最上位は2位の大久保美智男です。

 

二宮: ああ、仙台育英高の。大型右腕として期待されていましたね。
金石 そうです。でもピッチャーとしては芽が出ずに、その後は野手に転向しました。ただ彼は王貞治さんと対戦しているんですよ。ホームランを打たれましたけど、やっぱり羨ましいですね。

 

二宮: ドラフト外で入った金石さんとしてはドラフト入団の同期には負けたくない、という思いがあった?
金石 もちろん。ただ彼は高校時代はナンバーワン投手でしたが、残念ながらプロで伸びなかった。反対に僕はプロに入ってから伸びた。野球選手はどこで伸びるか、プロで成功するにはそのタイミングも重要ですね。

 

二宮: プロ入りを果たした金石さんですが、3年間はほとんど2軍暮らしでした。
金石 入団した79年、日本シリーズは広島対近鉄、有名な「江夏の21球」の年だったんです。合宿所のテレビで見ていましたが同じプロとは思えなかった。「ようこんな場面で投げられるな」という感じで、別世界でしたね。

 

二宮: 当時の思い出は?
金石 とにかく走らされました。ランニングもそうだし、ポールとポールの間を使ったアメリカンノックなど、陸上部かよというくらい走ってました。

 

 焼酎で体作り

二宮: 練習後のお酒が美味しかったんじゃないでしょうか? 

金石 20歳になっても僕はお酒を飲まなかったんですよ。

 

二宮: え、今の金石さんからは考えられないのですが(笑)。飲み始めたきっかけは?
金石 体作りの一環だったんですよ。

 

二宮: というと?
金石 当時、身長190センチを超えていましたが体重は60キロ台とガリガリでした。もっと体をしっかりさせるには食べなきゃいけない。量を食べるのならお酒も一緒だと食も進むんじゃないかと考えたんです。

 

二宮: 何を飲んでいましたか。
金石 それは焼酎ですよ。キャンプは宮崎の日南でやっていましたから、雲海酒造も含めて焼酎どころですよね。それで毎晩、食事と一緒に焼酎を飲んでいた。1軍のスター選手の間ではブランデーが流行っていましたが、僕ら焼酎をガンガン飲んでいました。もちろん雲海のそば焼酎も(笑)。

 

二宮: 一緒に飲んだのはどんなメンバーですか?
金石 一番酒を飲んだのは白武(佳久)、川口(和久)、川端(順)あたりの同世代です。広島で伝説的に酒が強いのもこのあたりのメンバーですよ。

 

二宮: 同世代のピッチャーはライバルでもあります。
金石 みんなでワイワイと飲んだり食べたりして、それでグラウンドに出るとライバルだから無茶苦茶練習して、それでまた酒を飲んで……この繰り返しが楽しかったですね。

 

二宮: それで体にもしっかりと肉がついたと?
金石 焼酎を飲みながら食事を楽しむことで体もしっかりしたんだと思っています。

 

二宮: では焼酎が金石さんのプロとしての基礎を作ってくれたわけですね。
金石 はい。焼酎様々かもしれません。

 

◆前編003DSC02258 スター高橋慶彦に憧れて

二宮: 当時の広島は投手王国でしたよね。出番がなかなかなくて焦っていたのでは? 

金石 僕はプロ4年目で初めて1軍で投げて、初勝利は6年目の85年。もう腐りかけていましたよ(笑)。

 

二宮: 駒が揃っているところにさらにドラフトでも即戦力投手を指名していました。
金石 大学・社会人のピッチャーが指名されると「こんな頑張ってるのにオレはまだダメなのか」とガクっときたもんですよ。

 

二宮: そういうときはヤケ酒でしたか?
金石 いや、ヤケ酒はしなかったですね。それよりも慰めになったのは他チームのコーチの言葉でした。「金石、お前はうちに来たら1軍で投げられるのになあ」とウエスタンの試合で散々、声を掛けられました。

 

二宮: 2軍では結果を残していましたよね。
金石 ええ。だから「うちなら1軍で」と言われて、野球は12球団あるんだからよそでもできるのか、と気が付いたんです。だから腐ることなく他球団でもちゃんとできるくらいの力はつけておこう、と。

 

二宮: 腐ることなく続けられたモチベーションの源はなんだったのでしょう?
金石 伯父さんたちの顔に泥を塗るわけにいかないということと、プロ野球選手として成功したいという思いでしたね。

 

二宮: 成功とは、具体的には?
金石 当時、広島のスターといえばリードオフマンの高橋慶彦さんでした。足は速い、マスクは甘い。車は外車に乗って、遊びに行くのは銀座で、それで付き合うのも美女ばかりという。

 

◆金石昭人さん前編IMG_9892二宮: めちゃくちゃモテてましたからね。それに憧れた、と。
金石 今に見ておれ、でした(笑)。ただ銀座はなかなか実現せずに、いつも慶彦さんに連れて行ってもらってました。慶彦さんのバッティングピッチャーをやって可愛がられていたんですよ。だから練習の後もわざと目の前をうろうろするんです。

 

二宮: 目に付くように?
金石 そうです。慶彦さんに「なんや、お前、暇なんか」って聞かれたら、「ハイッ!」って即答でしたね。

 

二宮: 高橋さんはグラウンドで活躍して、それで遊び方もかっこよかったとなれば憧れるのも当然ですね。
金石 はい。あと江夏豊さんも練習に来てはサッとやってすぐに帰るんですよ。「今日はこれでしまいや。遊びいくぞー」って感じで。それがすごくカッコ良くて、僕もベテランになってからは若手のためにも、そうやってサッと上がってましたね。

 

二宮: 実績を残したら調整も自由なんだぞ、と。
金石 そうですね。

 

二宮: 気が付いたら、またグラスが空になっています。
金石 こんなに飲みやすいとは……。「そばソーダ」、新しい発見でした。

 

二宮: 92年に日本ハムにトレードで移籍した話など、まだまだ話は尽きません。お時間とお酒の量は大丈夫ですか?
金石 量? まだまだ全然、大丈夫ですよ。夜はこれからです。

(後編へつづく)

 

<金石昭人(かねいし・あきひと)プロフィール>
1960年12月26日、岐阜県出身。PL学園高では控え投手だったが、高3夏にベンチ入り。甲子園優勝を経験した。79年、ドラフト外で広島に入団。197センチの長身から投げ下ろすストレート、フォークを武器に85年に6勝をマークすると、86年に12勝をあげてリーグVに貢献した。92年に日本ハムに移籍し、同年自己最多の14勝。93年以降は日本ハムのクローザーとして活躍。98年に巨人に移籍し、同年限りで引退。329試合に登板し通算72勝61敗80セーブ、防御率3.38。プロ野球解説の他、鉄板焼きとお好み焼きが評判の「かねいし西麻布店」など都内で飲食店を複数経営している。

 


 今回、金石さんと楽しんだお酒は本格そば焼酎「雲海」。厳選されたそばと、宮崎最北・五ヶ瀬の豊かな自然が育んだ清冽な水で丁寧に造りあげた深い味わい、すっきりとした甘さと爽やかな香りが特徴の本格そば焼酎です。ソーダで割ることで華やかな甘い香りが際立ちます。

提供/雲海酒造株式会社

 

◆かねいしショップ写真前編006IMG_9933<対談協力>
かねいし西麻布店
東京都港区西麻布4-11-28 麻布エンパイヤビル1F
TEL: 03-5464-7034
営業時間:ランチタイム/11時30分~14時、ディナー/月~土18時~翌2時(LO 1時) 、祝日18時~23時(LO 22時)
定休日・日曜

 

 

◆前編サインボール007DSC02552☆プレゼント☆

金石さんの直筆サインボールを本格そば焼酎「雲海」(900ml、アルコール度数25度)とともに読者3名様にプレゼント致します。ご希望の方はこちらより、本文の最初に「金石昭人さんのサイン希望」と明記の上、下記クイズの答え、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)、このコーナーへの感想や取り上げて欲しいゲストなどがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選発表は発送をもってかえさせていただきます。締切は8月10日(木)までです。たくさんのご応募お待ちしております。なお、ご応募は20歳以上の方に限らせていただきます。

 

◎クイズ◎

 今回、金石さんと楽しんだお酒の名前は?

 

 

 お酒は20歳になってから。

 お酒は楽しく適量を。

 飲酒運転は絶対にやめましょう。

 妊娠中や授乳期の飲酒はお控えください。


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