「世界三大レースでの優勝はゴルフでいうならマスターズに勝つようなものだよ」

 

 

 こう語ったのは日本人F1ドライバーのパイオニア中嶋悟である。

 

 モータースポーツにおける「世界三大レース」とは、一般的にはモナコグランプリ、インディ500、ル・マン24時間レースを指す。

 

 このうちの一つインディ500をついに日本人ドライバーが制した。さる5月28日のことである。

 

 快挙をなしとげたのはアンドレッティ・オートスポーツに所属する佐藤琢磨。ビクトリーレーンでのミルクの一気飲みは随分、話題になった。シャンパンではなくミルク。これがインディ流なのだ。

 

 それにしても、なぜミルクなのか。それもフルボトルの一気飲みである。

 

 モータースポーツに詳しい者に聞くと、きっかけをつくったのはルイス・メイヤーというドライバー。1933年にインディ2勝目を飾った直後、「何か冷たい飲み物は」と聞かれ、好物のバターミルクをリクエストしたのが始まりだとか。

 

 メイヤーは36年、3度目の勝利の後も同じパフォーマンスを披露した。これが米国の乳業メーカーの目に止まり、10年後に500ドルの賞金がついた。現在は1万ドルにアップしているという。伝統を誇るレースならではの“ならわし”である。

 

 琢磨の快挙がなければ、こんな“雑感記事”を書くこともなかっただろう。

 

 周知のように世界のトップクラスのドライバーは物心つく頃からカートに慣れ親しむ。翻って琢磨の場合、モータースポーツを始めたのは19歳の時だ。この世界では“トゥー・レイト”である。

 

 いったい、何が彼を突き動かしているのか。BS番組のインタビューで7年前、琢磨は私にこう語った。

「人間、誰でも好きなことが一つや二つは必ずあると思うんです。そこに真正面から向き合って、動いていくことじゃないでしょうか。人に言われるんじゃなくて、自分自身の内側から出てくる力がきっとあると思うんです」

 

 夢よりも現実。年をとればとるほど、その傾向は強くなる。かくいう私もそうだ。

「社会の環境や経済事情に影響されて行動や思考の範囲が縮小してしまうのは悲しいですね。何歳になっても考え、行動すること。それをずっと続けていくべきです」

 

 不惑での快挙達成。東洋人初となるインディーカーシリーズ年間王座を視野に入れての戦いが続く。

 

<この原稿は『漫画ゴラク』2017年7月21日号に掲載されたものです>

 


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