第210回 高き志、輝きとは何か? 井上尚弥と村田諒太
野球界やサッカー界と同じように、ボクシング界にもトップ・オブ・トップを目指すのであれば海外へ進出する時代がやって来ている。
1980年代、90年代まではプロボクサーは世界チャンピオンベルトを腰に巻けば、日本人の誰もに知られるスターになれた。
だが現在は違う。日本人現役世界チャンピオンが12人もいる。全員の名前を知っている人がどれだけいるだろうか。つまり世界チャンピオンになることも選手に以前ほどのステータスをもたらしてはくれない。真のスターボクサーになるには、世界チャンピオンになった上で、そこから何をするのか、何で魅せるのかが必要になっている。
そんな中、“モンスター”の異名を持つWBO世界スーパーフライ級王者の井上尚弥が、9月9日に初の海外進出を果たす。
場所は米国カリフォルニア州カーソンのスタブハブセンター、MLS(メジャーリーグサッカー)のロサンゼルス・ギャラクシーのホームスタジアムであり、2012年10月にWBC世界スーパーバンタム級王者であった西岡利晃がノニト・ドネア(フィリピン)を相手にラストファイトを行った会場だ。
相手は、プエルトリコ系の米国人、WBO同級7位のアントニオ・ニエベスだ。オハイオ州クリーブランドで暮らし、普段は銀行で働く30歳。3月の前戦では物議を醸す判定ではあったが、ロシア人のニコライ・ポタポフに1-2のスプリットデシジョンで敗れており、井上に比すれば格下の感は否めない。
それでも井上にとって、このニエベス戦はとてつもなく重要な戦いとなる。世界が注視する米国のリングでインパクトのある勝ち方ができるか否かで今後が決まるからだ。奇しくも、この興行でのメインイベントには、井上が、対戦を熱望してきた“4階級を制覇した男”ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)が出場する。彼は3月にプロ初黒星を喫した相手、WBC世界スーパーフライ級王者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)との再戦を行うのだ。
この試合の勝者と年末に日本で王座統一戦を行うプランを井上陣営は描いている。そこで勝利を収め再び米国で防衛戦を行い、世界的知名度を高めていくことを目論んでいるのだ。井上には、それを果たせるポテンシャルが秘められている。
弱い相手とは闘いたくない。強い相手とだけ闘う。その方針をこれまで貫き、勝ち続けてきたことが大きな自信の裏付けとなっている。異国の地での闘いだからといって、“モンスター”が怯むことはなかろう。
米国のプロモーターは井上に“第2のパッキャオ”になることを期待している。いや、それ以上の存在になることを私は求めたい。
ダイレクト・リマッチへの疑問
さて、村田諒太の次戦も決まった。
10月22日、両国国技館で、前回敗れた相手アッサン・エンダム(フランス)と再戦を行う。
正直なところ、これはちょっといただけない。
5月20日、有明コロシアムでの試合は、私の採点では村田の勝ちだった。でも過去のジャッジ例を見れば、勝敗が逆になることも有り得ないわけではない。にもかかわらず、WBA会長のヒルベルト・メンドサ・ジュニア会長は、こんな声明を出している。
「私の採点では村田が117-110で勝っていた。村田諒太と帝拳プロモーション、日本のファンにお詫びしたい。このひどい決定のダメージをどう回復させたらいいか、言葉が見つからない」
そしてメンドサ会長は、エンダムvs.村田の再戦を指示したのだ。WBAは基本的にダイレクト・リマッチを禁じているにもかかわらずである。加えて、エンダム優位と採点したジャッジ2人に6カ月間の資格停止処分まで科した。
果たして、村田が弱小ジムの所属選手であったならば、メンドサ会長がこのようなメッセージをわざわざ発しただろうか。ボクシング界で力を有する帝拳プロモーションへの気遣いとしか私には思えなかった。
おそらくはリマッチのジャッジには忖度が働くことだろう。村田に優位になるよう採点をしなければ自分たちも処分されてしまうとの危惧から。
村田はエンダムとの再戦の道を選ぶべきではなかったと思う。ミドル級最強の男、WBA世界スーパー王者であり、WBCとIBFのベルトも保持しているゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)に果敢に挑むべきだった。世界のベルトを腰に巻けばいい、という時代は、すでに終わっている。エンダムと再戦するにしても、少なくともフランスに乗り込んで闘ってやるという男気を見せるべきではなかったか。
ロンドン五輪金メダリストの肩書きによって多くのスポンサーに守られてきた村田よりも、その才で道を切り拓き、世界の舞台に打って出ようとしている井上の方が、私には、はるかに輝いて見える。
近藤隆夫(こんどう・たかお)
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『忘れ難きボクシング名勝負100 昭和編』(日刊スポーツグラフ)。
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