(写真:WBSSの成功のカギを握るのはリチャード・シェイファー(右)に他ならない)

(写真:WBSSの成功のカギを握るのはリチャード・シェイファー<右>に他ならない)

 新たなビッグイベントの開幕まであと1カ月を切っている。“ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)”は、リチャード・シェイファー、カレ・ザワーランドという米独のプロモーターが企画した賞金争奪戦。クルーザー級、スーパーミドル級の各8選手がトーナメントを行い、優勝者には賞金と“モハメド・アリ・トロフィー”が贈呈される。賞金総額は実に5000万ドルという大イベントである。

 

 ファン溜飲の面子

 

(写真:3月の会見は豪華ではあったが、具体的な内容は乏しかった)

(写真:3月の会見は豪華ではあったが、具体的な内容は乏しかった)

 今年3月にこのトーナメントの発表会見が行われた際には、懐疑的なメディアが多かった。出場選手はおろか、階級すらも決まっておらず、準備できていたのは豪華なトロフィーだけ。“ゴールデンボーイ・プロモーションズの社長職を追われて以降は影が薄かったシェイファーが派手な会見を開きたかっただけではないか”という陰口も聞こえてきた。

 

 しかし、その後、クルーザー級、スーパーミドル級のトーナメントになることが決定。参加メンバーも続々と発表され、特にクルーザー級には豪華メンバーが集まった。WBA正規王者デニス・レデベフ(ロシア)以外のすべてのタイトルホルダーが含まれたロースターを見れば、ボクシングマニアは胸を震わせるだろう。

 

クルーザー級・第1ラウンドのカード

 

WBO王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ/12戦全勝(10KO))vs.マルコ・フック(ドイツ/40勝(27KO)4敗1分)

 

WBC王者マイリス・ブリエディス(ラトビア/22戦全勝(18KO))vs.マイク・ペレス(キューバ/22勝(14KO)2敗1分)

 

IBF世界王者ムラト・ガシエフ(ロシア/24勝(17KO)1無効試合)vs.クシシュトフ・ヴォロダルチク(ポーランド/53勝(37KO)3敗1分)

 

WBA暫定王者ユニエル・ドルティコス(キューバ/21戦全勝(20KO))vs.ドミトリィ・クドリャショフ(ロシア/21勝(21KO)1敗)

 

 スーパーミドル級で出場する現役タイトルホルダーはWBA王者ジョージ・グローブス(イギリス)だけで、やや層が薄い。グローブス以外では、デビュー22連勝(17KO)を続けるトッププロスペクトのカラム・スミス(イギリス)、元WBA世界ミドル級暫定王者クリス・ユーバンク・ジュニア(イギリス)、ユルゲン・ブルーマーといった著名どころが名を連ねる。クルーザー級がメインだとすれば、こちらは新人王トーナメント的な趣になるのだろう。

 

スーパーミドル級・第1ラウンドのカード

 

WBA世界スーパーミドル級王者ジョージ・グローブス(26勝(19KO)3敗)vs.ジェイミー・コックス(イギリス/23戦全勝(13KO))

 

クリス・ユーバンク・ジュニア(25勝(19KO)1敗)vs.アブニ・イルディリム(トルコ/16戦全勝(10KO))

 

ユルゲン・ブリーマー(48勝(35KO)3敗)vs.ロブ・ブラント(アメリカ/22戦全勝(15KO))

 

カラム・スミス(22戦全勝(17KO))vs.エリック・スコグランド(スウェーデン/26戦全勝(12KO))

 

 トーナメントはまず9月9日にベルリンで開催されるウシクvs.フック戦でスタートする。その後、ラトビア、イギリス、アメリカなどで第1ラウンドのファイトが行われていく。9、10月に行われる第1ラウンドを勝ち抜いた選手が、来春の準決勝に進み、決勝は来年5月開催という青写真である。

 

 スーパー6を参考

 

(写真:スーパー6制覇で名を売ったウォードは今では全階級を通じて屈指のファイターと評されるようになった Photo By Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

(写真:スーパー6制覇で名を売ったウォードは今では全階級を通じて屈指のファイターと評されるようになった Photo By Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

 世界が舞台の壮大なイベントが、2009~11年にShowtimeが主催したスーパーミドル級トーナメント“スーパー6”を参考にしていることは明白だ。カール・フロッチ(イギリス)、ミケル・ケスラー(デンマーク)、ジャーメイン・テイラー(アメリカ)など、欧州の多くの大物が参加したリーグ戦を覚えているファンは多いだろう。最終的にはアンドレ・ウォード(アメリカ)が優勝し、新たなスター候補を生み出したという意味で“スーパー6”は成功だった。

 

 開催期間が長すぎたことが“スーパー6”のマイナス材料だっただけに、“WBSS”が勝ち抜き戦を採用したのは理に叶った方向性と言える。9月~来年5月の間に3戦というスピーディなトーナメント。この展開の速さは、トップファイターは1年に2試合程度しかこなさないのが恒例になった現代では新鮮に映る。

 

“WBSS”が終わる頃には、クルーザー級の真の覇者が確立し、スーパーミドル級を制した選手も注目の存在になっているに違いない。このストーリー性の高さこそがトーナメント戦の魅力。“強さの序列のわかり難さ”というボクシングにとって致命的と思える欠点も解消される。

 

(写真:舞台設定にふさわしい白熱したトーナメントになるかどうか)

(写真:舞台設定にふさわしい白熱したトーナメントになるかどうか)

 シェイファーの“WBSS”へ意気込みは大きく、来年以降は別階級で挙行を継続していきたい意向をすでに述べている。そうなった場合には、いずれ軽量級も舞台となり、日本開催の可能性も十分にあるはずだ。

 

 興行面の成功は必須

 

 もちろん、懸念材料も少なからずある。もともとケガのリスクの大きいボクシングではトーナメントは容易ではなく、例えば決勝進出した選手が長期離脱してしまうような事態も十分に考えられる。クルーザー級のラインナップはマニアを歓喜させても、アメリカ人の目玉がいないのでは米国内で注目を集めるのは難しい。そんな経緯から、アメリカ国内のテレビ中継は実はまだ決まっていない。

 

 前述通り、“スーパー6”はコアなファンからは概ね好評だったが、観客動員、テレビ視聴率などは物足りなかった。新たなイベントを根付かせるには、まずは興行面の成功が必要。そして、ビジネスとして成り立たせるには、ボクシングマニア以外からの支持を得なければならない。その術を見つけていくことこそが、この大掛かりなトーナメントの繁栄の鍵となっていくのだろう。

 

(写真:「美しいモハメド・アリ・トロフィー)

(写真:優勝者が手にする美しいモハメド・アリ・トロフィー)

 今回は欧州選手が中心の階級を選んだが、今後、アメリカ国内を基盤とする世界的なビッグネームの参加なしにWBSS の長期視野での成功は考え難い。アメリカ人ファイターを魅きつけるためには、トップランク、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)、アル・ヘイモンといった大物プロモーター、マネージャーとの提携が不可欠。それは可能なのかどうか。ライバルプロモーターの興味を惹くような条件をすり合わせられるかどうかが、より上質なマッチメークのポイントになる。

 

 GBPからの退陣時にイメージは悪くなったが、シェイファーのプロモーターとしての力はお墨付きである。その力量は、“WBSS”開催に向けて実際に5000万ドルもの資金を集めたことで再び証明された。シェイファーが新たな試みを成功させることができれば、世界のボクシングビジネスに少なからず影響を与えかねない。

 

 来年5月までにどれだけのインパクトを生み出すか。スケールの大きな新イベントの行方に、多くの業界関係者が注目している。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
>>公式twitter


◎バックナンバーはこちらから