この夏、甲子園で話題をさらった選手といえば広陵(広島)の中村奨成でしょう。1大会最多記録を更新する6本塁打を放つなど大活躍でした。


 打力に関して言えばボールを遠くに飛ばす能力がすごいと感じました。天性? いやいや、そういう表現は好きじゃないんです。身体能力プラス彼の普段の努力の賜物でしょう。足を上げるフォームですがどっしりと安定しているし、バットもシャープに出ているからボールが遠くに飛ぶんですね。

 

 守備では肩も非常に強くてバント処理を見ていても体にキレがあり、フットワークが軽い。高校生としては最高レベルのキャッチャーです。

 

 ただ各メディアの「プロでも通用。城島2世だ!」という評価はどうなんでしょう(笑)。僕は何事にもウソはつきたくない性分で、特に野球についてウソは絶対に言いたくない。だからはっきり言いましょう。すごいキャッチャーですが「高校生の中で」という条件付だろう、と。

 

 当然、プロ入りしてどれくらいの活躍をするのか、どういう選手になるのか、という楽しみはあります。素材としてとても魅力的です。ただプロ野球とアマチュアは全然、世界が違います。そこで通用するかどうかは当然、未知数で誰にもわからない。

 

 まず金属バットから木製バットに変わっても同じように打てるのかどうか。僕は大学野球で木製バットを経験してからプロ入りしましたが、それでも苦労しました。金属から木製では慣れるのが大変でしょう。バットの芯に当たれば金属も木製も同じですが、プロ野球の投手のキレのあるボールを木製の狭い芯で同じように捉えられるか、それがポイントです。

 

 当然、この秋には"打てるキャッチャー"としてドラフト上位指名が確実視されています。ただ2000年代に入って打てるキャッチャーという触れ込みで指名された高校生、斐紹(山下斐紹、福岡ソフトバンク)、炭谷銀仁朗(埼玉西武)、白濱裕太(広島)など、打撃の部分がほとんど生きてないですよね。千葉ロッテの田村龍弘(千葉ロッテ)も甲子園では4割近く打っていましたが、今は2割3分がやっとです。


 最低でも打率2割5分は必須

 打てるキャッチャーがいなくなった理由? 選手の甘えじゃないですか(笑)。今はキャッチャーは打てなくても当然、という雰囲気ですが、僕の現役時代は古田敦也さん、谷繁元信さん、あとダイエー(当時)の城島などキャッチャーでも強打者が多かった。だから僕も「打てない」と言われるのがコンプレックスで頑張りましたよ。当然、キャッチャーは他の野手よりも試合前後にやることが多い。相手チームのデータを整理するなど、自分のバッティング練習に時間が割けないというのはわかります。だからと言ってそれが打てない理由にはなりません。

 

 プロのキャッチャーなら最低でも打率2割5分、それ以下ならホームランがふた桁ないと厳しいですよね。

 

 打てるキャッチャーがいなくなった理由をもうひとつあげれば、最近は割と簡単にコンバートしてしまうからでしょうか。阪神の原口文仁、あとは西武の森友哉など。森はまだキャッチャーとして出場することもありますが、守備の面で不安があります。チーム事情もあるでしょうが、育てる時間がもったいないという判断だとしたら、コンバートする方が「もったいない」気がします。野手になった原口、結局、そう打てずに使われていないですからね。

 

 それにしてもキャッチャーというのは因果な商売です。僕の持論として名捕手の条件はふたつしかありません。優勝や日本一を果たした強いチームにいるか、それかめちゃくちゃ打つか。強いチームにいれば「あいつはいいリードをする。いいキャッチャーだ」と評価してもらえる。打撃タイトルを獲るような強打者なら「あいつはすごい」と言われる。どちらもないとなれば、プロ選手として評価する対象がないということです。

 

 中村がプロで成功するには、巡り合わせと出会いも重要です。どこのチームに指名されて、そしてどういう指導者に巡り会えるか。先に名前を出した城島や谷繁さんはどちらも入ったのが弱いチームでした。そういう球団は変化することもいとわないし、結果が出なくても我慢してもらえる。僕は千葉ロッテで2軍バッテリーコーチの山中潔さんと出会えて立派に育ててもらえました。

 

 彼はどの球団に行くのがベストなのか。広島も地元出身ということで1位指名の可能性もありますが、石原慶幸、會澤翼とコマが揃っている上に、広島は常勝チームになりつつあります。そういう所では1軍レギュラーまでに時間がかかるでしょうね。僕は北海道日本ハムがベストだと考えます。日本ハムは大野奨太の次のキャッチャーがなかなか育っていない。しかもチームは今、変革の時期を迎えています。ぴたりとハマるんじゃないでしょうか。


<里崎智也(さとざき・ともや)プロフィール>
1976年5月20日、徳島県出身。鳴門工業高を卒業後、帝京大学に進学。98年のドラフト2位で千葉ロッテに入団。03年、規定打席未満ながら打率.319の成績を残し1軍に定着した。05年、プレーオフ最終戦で逆転タイムリーを放つなど日本一に貢献。06年、第1回WBCでは正捕手として活躍し世界一に貢献した。10年、レギュラーシーズン3位からクライマックスシリーズを勝ち上がり、「下剋上」で日本一を達成。14年シーズンで現役引退。通算1089試合、108本塁打、458打点、打率.256。ベストナイン、ゴールデングラブ賞2度受賞。


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