外国人プロレスラーとして初めて旭日双光章を受章したザ・デストロイヤー(本名リチャード・ベイヤー)が力道山やジャイアント馬場、アントニオ猪木相手に死闘を繰り広げていなければ、日本でプロレスがこれほどメジャーになることはなかっただろう。


 言うまでもなくデストロイヤーの最大の武器は4の字固めだ。有名な写真がある。初対戦で力道山にかけた4の字固めを天井から撮ったものだ。プロレスを本格的に論評した、おそらくは初めての知識人であるロラン・バルトはこの技を見ていないはずだが、次の一文は、ある意味、このシーンの最高の絵解きといえよう。「公開された<苦しみ>と<屈辱>の古代的な神話、すなわち十字架と処刑台を再現している」(「現代社会の神話」(みすず書房)より)


 ではこの国において、なぜ4の字固めは、「国民的必殺技」にまで昇華したのか。たとえば力道山の空手チョップ。これは痛い。一方的にやられる方はたまったもんじゃない。フレッド・ブラッシーのかみ付き。これは論外だ。卑怯を嫌う日本人が受け入れるわけがない。ではボボ・ブラジルの頭突きはどうか。これは空手チョップ以上に痛い。子供のプロレスごっこには全く適していない。フリッツ・フォン・エリックのアイアンクローは? ツメを磨くのに時間がかかる。ルー・テーズのバックドロップは? マットを敷いていなければ首の骨を折りかねない。ザ・シークの火炎殺法は? どう見ても消防法違反である。


 そこへ行くとデストロイヤーの4の字固めは、教室の隅でも家のこたつの横でも、畳一畳分のスペースがあればどこでもかけることができた。決まると痛いが、足の骨を折るような大ケガには、まず結びつかない。相手が「イタタタッ!」と声をあげれば、そこで終わり。さらには交互に掛け合うことで容易にコミュニケーションも図れる。この技の普及によって、どれだけプロレスが身近になったことか。


 受章基準のひとつに<文化又はスポーツの振興に寄与した者>との項目がある。デストロイヤーは独自の必殺技を通じて、これを実践したのである。


 ところで近年のプロレスの必殺技は難度が高過ぎて、とても真似できるようなシロモノではない。4の字固めのような一般大衆向けの必殺技は、もう出尽くしてしまったのか…。

 

<この原稿は17年11月15日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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