国民栄誉賞の授与が決まった将棋「永世七冠」の羽生善治さんはスポーツにも造詣が深い。今から10年前、羽生さんとの共著で『歩を「と金」に変える人材活用術』(日本経済新聞出版社)なる本を上梓した。3時間の対談を4回、計12時間を費やした。


 それぞれの国や地域にそれぞれのスタイルやルールの相撲があるように将棋も国や地域によってスタイルも違えば、ルールも異なる。


 たとえば西洋将棋と呼ばれるチェス。当たり前のことだが相手から奪った駒を再利用することはできない。日本の将棋との最大の相違点だ。羽生さんいわく「日本の将棋は駒の威力を落として、強さのバラつきをなくした。しかし、そのぶん再利用のルールを作ったんです。相手の駒をとったら、それを自分の持ち駒にできる。その持ち駒を、今度は味方として好きな場所に置ける。こんなルールは世界でも日本だけです。駒の色が全部同じということが、それを象徴している」


 そうであるならば、日本社会はもっと人材の流動性が促進されてもいい。ヨソからやってきた人材を上手に有効活用することで生産性を高めたり、付加価値を生み出したりすることができるのではないか。


 さらに羽生さんによると同じ東アジアでも、日本と中国、韓国とではルールに込められた思想がまるで違うのだという。私は中国将棋や朝鮮将棋については詳しく知らないが、日本の将棋に比べると駒ひとつひとつの力が強大で棋士はパワープレーに走りがちなのだとか。


 たとえば中国将棋。「オフェンスの駒の威力がすごい。“砲(炮)”という駒は将棋の飛車に似ている存在です。普通に移動するときは飛車と同じ動きなんですが、駒をとるときだけは自分の駒でも相手の駒でも追い越すことができる」と羽生さん。サッカーでいえば守備を無視してのオーバーラップやロングボールの放り込みだ。その“棋風”はお国のサッカーにも反映されていやしまいか。


 では朝鮮将棋はどうか。「(こちらも)ダイナミックで強い駒がいっぱいあるので、いきなり激しい戦いになっちゃう」と羽生さん。ハリルホジッチ監督風に言えば「デュエル」か。


 ことほどさように不世出の棋士の視点によるスポーツ解説は斬新で示唆に富んでいる。スポーツ庁やJOCは羽生さんを戦略顧問に招いたらどうだろう。

 

<この原稿は18年1月17日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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