(写真:現IWGPヘビー級王者、新日本プロレスのオカダ・カズチカ<右>)

「次は、隣のドームで試合だな」

 昨年8月、後楽園ホールでの復帰大会『カッキーライド』を終えた帰り道に息子に向かって僕はこんなことを言った。

 

“関節技の鬼”の異名を取る藤原喜明組長とのスパーリングマッチを無事に終えたことで気分が高揚していたのだろう。

 

 この時は、もちろん冗談のつもりで言ったのだが、日を追うごとに不可能を可能にしてみたいという思いがメラメラと込み上げてきた。

 

 がんサバイバーのあるあるだが、ピストルを突きつけられているような緊張感が常に頭の中を支配している。だから、その意識を逸らす意味でもデカイ目標を作りたがるのである。

 

「ドームに出るなら今のタイミングがベスト」

 驚いたことに冬を迎える頃には、ドームのリングに上がるのは必然と捉えている自分がいた。その本気度を息子も感じていたようだった。

 

 2018年の年明けにその日が訪れた。

 1月4日、新日本プロレスの年間最大の大会『レッスルキングダム』だ。

 

「まさか本当にイッテンヨンの会場に自分が呼ばれるとは……」

 僕は感慨深い気持ちを噛み締めながら、東京ドームの関係者用の駐車場に車を停めていた。

 

 その時、1台の赤いフェラーリが近くで停まった。

 

 この日のメインイベントに出場する『レインメーカー』オカダ・カズチカ選手である。

 本戦前のダークマッチ(第0試合)に出る僕とメインイベンターが一緒に会場入りをするなんて面白い。乗っている車も外車と軽自動車。分かりやすい対比に自分でも笑ってしまう。

 

 それにしてもオカダ選手はスターのオーラが出ていて素晴らしい! それもそのはず。

 この数年、国内外のトップ選手とタフな試合を欠場することなく、やり続けているのだから、その自信が雰囲気に出るのだろう。

 

 彼が偉いのは、出会った頃と変わらず謙虚な姿勢を崩さないところだ。一応、業界的に先輩にあたる僕に対しても敬意を払ってくれるのだから人間的にも最高だ。

 

 僕は図々しくもメインイベンターに控え室まで案内してもらったのだったが、彼は嫌な顔を見せない。

 

 オカダ選手に誘導してもらえたお陰で、広いドームで迷うことなく控え室に辿り着けたのだが、荷物を広げた瞬間からとてつもない緊張感が僕を襲ってきた。

 

「あっ、この感覚」。思わず独り言が口をついで出る。

 90年代に佐々木健介戦や長州力戦とドームで対戦したことを体が思い出したのだろうか?

 

 武者震いが止まらない僕は、早々にトレーニングウエアに着替え、リングでアップをすることにした。

 

「いや~、ドームのリングからの眺めはホント格別」

 すると、これは夢ではないかと疑うような出来事が続く。

 

 リングを確認しながら体を動かしていると続々と出場選手たちがウォーミングアップを始め出した。その中にはWWEで活躍していたクリス・ジェリコ選手やコーディー・ローズ選手もいてテンションが上がる。世界のトップ選手と同じリングに上がれることを再認識し、幸せな気持ちになる。

 

「気合いが入りまくるなぁ」

 選ばれし者しか上がることのできない格式高いドームのリングに上がる以上、ハンディがあるという甘えなどは許されない。72kgの細いボディも言い訳にはならないのだ。

 

 考えてみると一度引退した人間が、ダークマッチとはいえドームのリングに上がれるのは、本当に奇跡的なことだと思う。その意味では、がんに感謝しなければいけない。

 

 今回、自分がリングに上がったテーマは3つだ。

 

 闘病中に応援してくれたファンの皆さまに元気になった姿を見せること。

 同じ病で苦しんでいる患者さんに「ここまで回復できる! 負けるな」というメッセージを送ること。

 そして3つ目は、UWFの同志であり、現在ケガと闘っている高山善広選手に魂のエールを届けることだ。

 

 この役割を遂行するためには強い心を持ってリングに上がらなければならない。少しでも迷いがあってはダメなのだ。

 

 さて、僕が出場したのは、21人参加の1分差バトルロワイヤル。最後に登場した僕にも大きな声援が飛び、その勢いを借りて、なんと優勝という名誉な勲章を手に入れることができた。

 

 試合後には、マイクを握り、自分の想いを伝えることもできたのだから、感謝である。

 

 それにしてもバトルロワイヤルではテンコジ(天山広吉選手<写真>と小島聡選手)と絡むことになるなんて本当に人生わからないものだ。現役の頃でさえジュニアだった僕は、ヘビーのお2人と試合することがあまりなかったからだ。あの頃より自分の体重が20kgも軽いのだから、無謀としか言えない挑戦であったが、これが成立するところもプロレスの魅力なのかもしれない。

 

 やっぱりプロレスは最高である。

 ここまで来たからには、もっともっと大きな夢を描こうと思う。次のチャレンジにも期待してもらいたい。

 

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)


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