松本秀夫(フリーアナウンサー)第48回「ラジオ野球中継が永遠に不滅の理由」
TBSラジオが昨シーズン限りでプロ野球中継から撤退しました。CS放送やケーブルテレビ、さらにネット配信などプロ野球中継の視聴方法が多様化する中でラジオ中継の将来はどうなるのでしょうか。元ニッポン放送アナウンサーで数々の名勝負を実況してきた松本秀夫さんに話を伺いました。
受け継がれる”実況言語”
ラジオの番組というのはプロ野球中継に限らず「ながら」のメディアです。車の運転をしながら、台所で食事の用意をしながら、居酒屋で友人と酒を飲みながら。ラジオというのはそういう場面にしっくりと馴染む。特にプロ野球は試合時間も長いので、プレーボールからゲームセットまでラジオの前に座ってずーっと聞いているという人はそう多くないでしょう。大多数はやはり「ながら族」の人たちです。
実況アナの役目は「ながら」の人たちに聞きどころを教えることです。1試合に何度かやってくる山場、ここでラジオの前にいる人たちの耳をこっちにグイッと向けるんです。声のトーンや大きさを上げるなどして、「さあ、何かをしながら聞いている皆さん、聞きどころがやってきましたよ」と。
さて本題はラジオの野球中継の将来についてでしたね。ラジオのプロ野球中継というのは数十年の歴史を持ち、高校野球も含めればそれこそ昭和初期から続く伝統あるメディアです。現在はプロ野球メディアはネット配信なども含めて多種多様になっています。ラジオもポータブルのラジオ以外にスマートホンやパソコンで聞くこともできます。
そういう時代になり将来的にラジオを含めたプロ野球中継の「音声メディア」はどうなるのか。私はずっとなくならないと思っています。ラジオと野球というのは非常に相性がいいんです。しかも長い歴史の中で、先輩アナウンサーが野球を実況するための「共通言語」を数多く作ってくださった。それらの財産があるラジオ中継、音声メディアはそう簡単にはなくなりませんよ。
先輩たちの財産はそれこそあげればキリがない。「ピッチャーふりかぶって」という実況を聞けば情景が目に浮かぶでしょう。外野へ飛んだ打球の様子を伝えるときも「落下点に入って足が止まった」「外野手は向こう向き」と聞けば即座に映像が思い浮かびます。こういう長い歴史で培ってきた言葉が本当に財産です。
私より若い世代のアナウンサーはこれらの財産を使いながら、そして自分たちの色を出そうとしている。ラジオという音声メディアはまだまだ将来が楽しみですよ。
基本あってこそのショーアップ
私はニッポン放送時代、年間約30試合くらい実況を担当していました。フリーになっても同じくらいか、ちょっと増えましたかね。よく「会心の実況は?」と質問を受けますが、これが難しい。自分としては「今日は解説者との話も盛り上がったし、いい実況だったぞ」と思っていても、リスナーからは「なんか試合展開がよくわからなかった」と言われることがあります。
これには理由があって、実況アナが気持ちよく喋ってしまうと、気づかないうちに早口になったり、基本である対戦カード、点差、回数などの情報が抜け落ちてたり、そういうミスが出てしまう。
だから私は2分間もしくは3分間に1度は意識して「甲子園球場、阪神対巨人は4回を終わって4対2、阪神が2点リード。迎えるバッターは阿部慎之助。先発のメッセンジャー、第1球振りかぶって投げた、ストライク!」と、どこで何をやっていてどうなっている、という基本情報を繰り返し入れることを忘れないようにしています。ラジオのスイッチを今入れたという人にも「お、この対戦カードか」とすぐにわかってもらえるためにも重要なことです。
歴史に残るような名フレーズを実況中に生み出すよりも、私はこうした基本を大事にこれからも野球中継と向き合っていきたいですね。もちろん試合を盛り上げたいというサービス精神もありますが、それも基本があってこそでしょう。野球だって本当に上手な人はキャッチボールからして違うというじゃないですか。それと同じで「基本の実況」を大事にしたい。
今季、私が実況するラジオを聞く機会があったら、こうしたことにも注目して聞いていただければ嬉しいです。では車の中や居酒屋の片隅、そしてスマホのスピーカーから、今季も皆さんのお耳にお邪魔します。
<松本秀夫(まつもと・ひでお)プロフィール>
1961年7月22日、東京都出身。早稲田大学政経学部卒業後、85年にニッポン放送に入社した。実況デビューは87年7月24日のジュニアオールスター(後楽園)。デビューから30年で合計1000試合の野球実況をこなした。2005年10月17日のパ・リーグプレーオフ、千葉ロッテ対福岡ソフトバンクではロッテの勝利に感極まり、このときの実況は今もプロ野球ファンの間で「号泣実況」として語り継がれている。17年4月からフリーアナウンサーとなって独立。現在、野球など各実況中継をはじめ、イベントプロデュース、新聞などのコラム、アナウンススクール、アニメのアフレコ、コント芝居の脚本と幅広く活動中。趣味は釣りとお酒。