第400回 ゴロフキン、ロマチェンコが出陣 ~2週連続ビッグファイトウィーク最終展望~
5月最初の2週の間に、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)というボクシング界のトップスターが相次いでリング登場する。
残念ながらサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)の薬物問題でゴロフキン対カネロ戦はキャンセルになったが、それでもゴロフキンは代役挑戦者との防衛戦が決定。36歳になった怪物パンチャーは、気を緩めることなく代役のバネス・マーティロスヤン(アメリカ)を撃退できるのか。
“現役最強”と称されることも多くなったロマチェンコは、ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)との超絶テクニシャン対決を印象的な形で突破できるのか。今回は楽しみなこの2試合を展望し、見どころを探っていきたい。
5月5日 カリフォルニア州 スタブハブセンター
WBA、WBC世界ミドル級タイトルマッチ
王者
ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/36歳/37勝(33KO)1分)
vs.
バネス・マーティロスヤン(アメリカ/31歳/36勝(21KO)3敗1分)
前回のコラムでも述べたが、今戦はやはりゴロフキンが圧倒的に有利と見られている。マーティロスヤンは実力者ではあるが、ミドル級での実績は皆無な上に、約2年ぶりの実戦。このような条件で階級最高クラスの選手に勝った例となると、1987年のミドル級王者マービン・ハグラー(アメリカ)にシュガー・レイ・レナード(アメリカ)が勝った試合くらいしか思い浮かばない。だとすれば、急造のタイトルマッチはやはり王者が順当に勝ち抜くと考えるのが妥当に違いない。
もっとも、マーティロスヤンの独特のリズムとシャープなパンチは厄介ではある。加齢とともに最近のゴロフキンは反応にやや鈍りが感じられるだけに、特に前半はアルメニア系米国人の右で顎を跳ねあげられるシーンも散見するだろう。
一部で予想されている以上に苦しみながらも、強靭なジャブとパワーにモノをいわせて王者が徐々に試合を優位に進めていく。同じく下の階級から上がってきた一昨年のケル・ブルック(イギリス)戦と似たような流れと結果を筆者は想定している。そして、「ほころびが見え始めた」と指摘されたブルック戦同様、今回の試合内容でゴロフキンは再び酷評されることもあるかもしれない。
確定とは言い切れない再戦
カネロが出場できなくなった時点で、今年のシンコ・デ・マヨ興行はビッグイベントではなくなった。ゴロフキンが無事にこの調整試合をクリアしたとして、その後にどんなシナリオが敷かれるかにも注目が集まる。
「私たちには再戦を挙行する意思がある。(ゴロフキンのプロモーターの)トム・ローフラー氏とはコミュニケーションをとっている。5月5日の興行後、すぐに再戦を組み直すための交渉を始めることになるはずだ」
カネロを抱えるゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のエリック・ゴメス社長は、Boxingscene.comの取材にそう答えている。
8月中旬にカネロの出場停止処分が解けるのを待ち、GBPの思惑通り、9月のメキシコ独立記念日週末にゴロフキン対カネロの再戦が仕切り直しとなることは既定路線と思われている感がある。ただ、現場の関係者の話を聞く限り、必ずしも確定事項とは言い切れないようではある。
この規模のビッグマッチの交渉をまとめ、プロモーションを行うのに、5~9月という4カ月のインターバルはもともとやや短い。それに加え、5月の試合が寸前キャンセルという形になったのだから、両サイドに多少のわだかまりが生まれているのは当然。特にゴロフキンは薬物問題では珍しくかなり激しくカネロを罵っており、これまでほど条件面で譲歩はしないかもしれない。
報酬、開催地だけでなく、厳密な薬物検査の方法まで含め、決めなければいけないことは山積み。興行的には明白な“Bサイド”のゴロフキン陣営が強硬姿勢に出た場合、交渉が停滞しても驚くべきではない。
ローフラー社長が常に冷静なのは心強いが、長く強豪から避けられた上に、人生最大のファイトが相手の過失で流れ、溜まりに溜まった憤りをついに爆発させているゴロフキンの心情は気になるところ。“因縁の再戦”がまとまるかどうかはダニー・ジェイコブス、ジャマール・チャーロ(ともにアメリカ)、村田諒太(帝拳)といった同階級の他の強豪たちの今後にも密接に関わってくるだけに、最後まで目が離せない。
GBPは5月4日に同じスタブハブセンターで自前の興行を予定しており、今週末に因縁の両陣営は再び対面することになる。ここで両者はどんな姿勢を取り、ゴロフキンはマーティロスヤン戦後にどういったコメントを残すか。今週末は“ビッグファイト”とは言えなくとも、試合後の会見にまで大きな注目が集まる興味深いイベントになりそうだ。
更なるビッグファイトの呼び水に
5月12日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン
WBA世界ライト級タイトルマッチ
王者
ホルヘ・リナレス(ベネズエラ/32歳/44勝(27KO)3敗)
vs.
世界フェザー、スーパーフェザー2階級制覇王者
ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ/30歳/10勝(8KO)1敗)
ボクシングファン垂涎の一戦はもう約10日後に迫ったが、実はアメリカ国内でもまだこの一戦へのBuzzは飛び交っていない。
今春はカネロの薬物問題、ヘビー級統一戦に向けた噂話などでボクシング界の話題はもちきり。それに比べ、今戦の主役の2人はもともとアメリカ国内にまだ大きなファンベースを持っているとは言えず、キックオフ会見すら行われなかった。そんな背景、プロモーションの遅れを考えれば、正統派ビッグファイトの影がやや薄くなっているのは仕方なかったのだろう。
ゴロフキン対マーティロスヤン戦が終わり、ファイトウィークに入ればそれも徐々に変わってくるはずだ。ニューヨークのファンが上質なカードに歓喜することは、昨年12月に行われたロマチェンコ対ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦の盛り上がりですでに証明されている。最大で2万人を収容するマディソン・スクウェア・ガーデンがどの程度のキャパで仕切られるかはまだ不明だが、当日は最高レベルの技術戦を楽しみにするファンが1万人以上は集まるに違いない。
「リナレスの評価が高いのはわかっている。しかし、彼は僕みたいなボクサーと対戦したことはないからね」
世界最速12戦目での3階級制覇を目指すロマチェンコは、4月下旬に行われた公開練習でそんなコメントを残していた。実際に勝敗予想は過去4戦連続で相手に棄権を強いてきた“ハイテク(ロマチェンコの愛称)”に傾いている。
ただ、サイズ、リーチ、プロでの経験で勝るリナレスの奮起を予期する声もないわけではない。ライト級昇級初戦でいきなりタイトル挑戦してくるロマチェンコを戸惑わせるべく、リナレスのジャブが生きてくるかどうかがカギ。ベネズエラのゴールデンボーイが前半に長い距離を作ることができれば、勝敗への興味が後半に持ち越されることも十分に考えられる。
この一戦に勝って3つ目のタイトルを奪った場合、ロマチェンコは年内に同じトップランク傘下のWBO王者レイムンド・ベルトラン(メキシコ)との統一戦に臨むプランがあるという。その先に、今夏にIBF王者ロバート・イースター・ジュニア(アメリカ)との統一戦を企画するWBC王者マイキー・ガルシア(アメリカ)との最終決戦への期待も膨らんでくる。
それらのビッグファイトシリーズの機運を高めるためにも、リナレスには圧倒的な形で勝っておきたいはず。サイズで上回るテクニシャンへの圧勝は容易ではないが、ここでリナレスをも諦めさせるようなことがあれば、ロマチェンコの名声はさらに一段上に跳ね上がることになるだろう。
杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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