苦しみながらも2000安打を達成した福岡ソフトバンクの内川聖一が2008年に記録した3割7分8厘は、NPBにおける右打者の史上最高打率である。

 

 

 両リーグで首位打者を獲得した選手も内川の他には江藤慎一しかいない。既にしてレジェンドの仲間入りを果たしているといっても過言ではあるまい。

 

「アイツの打球は打ち取ったと思っても野手の間を抜けていく。要するに打球の球足が速いんです。トップスピンのかかったゴロを打てるのは、僕の知る限りではアイツと(東京ヤクルトの)青木宣親だけですよ」

 

 こう語ったのは210勝投手の山本昌だ。「トップスピンのかかったゴロ」という表現が驚きだった。これは偶然の産物なのか、それとも意図的なのか。

 

 内川に聞くと、答えは後者だった。バットがまさにボールをとらえようとする瞬間のスイングスピードが最速になるよう意識しているというのである。

 

 本当にそんなことができるのか。内川が重視しているのが「音の鳴る位置」である。スイング音へのこだわりが尋常ではない。

 

 ビューンはNG、ブンかプンなら合格。これはよく聞く話だ。ビューンはスイングスピードが鈍く、バットが遠回りしている証拠だと見なされる。

 

 翻ってブンやプンはスイングスピードが速い上にバットが最短距離で出ている証拠だ。余談だが、長嶋茂雄は巨人時代の松井秀喜の好不調をスイング音だけで判断することができたというのだから驚きだ。

 

 ただし内川によれば、どんなにいいスイング音でも、「ボールの当たる位置で音が鳴らなければ意味がない」。それによりスピンのかかった強い打球が打てるというのである。

 

 もし内川が飛距離にこだわりを持っていればシーズン30本台のホームランは造作もなかっただろう。2年間一緒にソフトバンクでプレーした先輩の小久保裕紀も、そう語っている。だが内川は、そこには興味を示さなかった。「安打製造の職人」の道を選び、18年かけて大輪の花を咲かせてみせたのである。

 

<この原稿は2018年6月4日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 


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