サッカー元日本代表のGK川口能活(SC相模原)がユニホームを脱いだ。最後の公式戦は2日、相模原ギオンスタジアムで行われたJ3第34節の対鹿児島ユナイテッドFC戦。この日の川口は抜群の反応でチームの無失点勝利に貢献した。相手FWとの1対1を防ぎ、枠内に放たれた決定的なシュートを弾き返した。つま先立ち、前傾姿勢で相手攻撃陣を睨みつけ、味方を鼓舞し続ける姿はデビュー当時から変わらないままだった。日本のゴールマウスにカギをかけ続けた炎の守護神のハイライトのひとつの“マイアミの奇跡”について書いた5年前の原稿を読み返そう。

 

<この原稿は『ふぃーるでぃんぐ』2013年冬季号に掲載されたものです>

 

 1対0。試合終了を告げるホイッスルは、けたたましいサンバの音にかき消されて、2階のスタンドにいた私の耳には届かなかった。カナリア色のユニホームを着た選手たちがピッチにうずくまるのを見て、奇蹟が起きたのを知った。

 

 1996年7月22日(現地時間)。米マイアミ・オレンジボウル。アトランタ五輪の男子サッカー予選リーグで、日本代表はブラジル代表から歴史的勝利を挙げた。世にいう“マイアミの奇跡”である。

 

 この大番狂わせの立役者が、ゴールキーパーの川口能活である。なにしろ、ブラジルから28本ものシュートを浴びながら、ただの一度もゴールラインを割らさなかったのだ。

 

 ある時は身を挺してゴールの前に立ちふさがり、ある時は果敢な飛び出しでシュートを未然に防ぎ、またある時は抜群の読みでDF陣を指揮し、シュートコースを消してみせた。

 

 とりわけ前半30分の守りは絶品だった。スピード自慢のジュニーニョがミドルシュートからのこぼれ球を狙って飛び込んできたところを、敢然と突っ込み、弾き返した。

 

 もし前に出るタイミングが0コンマ1秒でも遅れていたら、次の瞬間、ボールは確実にゴールネットを揺らしていたことだろう。

 

 2年前、川口とヒザを交えて、じっくり話す機会があった。もちろん“マイアミの奇跡”についても聞いた。本人によれば「試合前は0対4か0対5で負けるんじゃないか」と思っていたという。

 

「確かオリンピックの1週間程前にブラジルのオリンピック代表が世界選抜と親善試合をやったんです。結果はブラジルの2対1。それを見て正直、“これは勝てないな”と思いました。

 

 試合前も、僕は夢心地でした。整列して入場するでしょう。相手はテレビで見るような選手ばかり。“これって現実なのか……”という気持ちでしたね」

 

 まるで雲の上を歩いているようなフワフワした気分が鎮まり、戦闘のスイッチが入ったのは、この試合で初めてボールを触った時だったと川口は語り、このように続けた。

 

「僕はファーストタッチの感覚を大切にするんです。どんな形でもいいから、しっかりボールを触り、感触をつかむ。これがうまくいけば、いい仕事ができるんです。

 

 この日のファーストタッチはロングボールでした。普通にキャッチして、普通にキックすることができた。これで落ち着きましたね。すると、不思議なことにブラジルの選手たちの動きがよく見えるようになった。あの日、僕がいい働きができたのは、ファーストタッチがうまくいったからだと思っています」

 

 何事も最初が肝心だ。37歳ながら、今なおJリーグの第一線でプレーを続ける川口は、昔と同じようにファーストタッチの感覚を大切にしている。


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