サッカー専門誌の駆け出し編集者だった30年ほど前、毎日新聞の名物記者だった荒井義行さんに言われたことがある。

 

「その監督がどんなサッカーを目指しているかは、GKを見りゃあわかるんだ」

 

 ゴールキックをドカン。パントキックをドカン。そんなチームとGKは断じて荒井さんのお眼鏡にはかなわない。正確なスローイングできちんとボールをつなぎ、最終ラインから攻撃を組み立てる。それが荒井さんの好きなタイプだった。

 

 まだポゼッションという概念はまったく広まっておらず、キックを遠くまで飛ばすのがGKの仕事と思い込んでいた人間の少なくなかった時代である。大先輩の言葉に頷くふりはしつつ、実は納得できていなかった当時のわたしだった。

 

 だが、会社を辞めて飛び込んだスペインで、わたしは荒井さんの炯眼を思い知らされることになった。

 

 バルセロナでプレーするGKスビサレータは、スペイン代表でプレーするスビサレータとは別人だったからである。

 

“スビ”の愛称で親しまれたこのバスク人GKは、94年のW杯では普通にボールを蹴っていた。ところが、バルサでのスビは、ほぼすべてのフィードを手で行っていた。堅守速攻を身上としたクレメンテとポゼッションサッカーの教祖クライフとでは、GKに求めるものがまるで違っていたのである。

 

 さて、日本がミャンマーを下した数時間後、知人が海外から動画を送ってくれた。本田圭佑率いるカンボジアが、ホームにバーレーンを迎えた一戦の映像である。

 

 結果は1-0でバーレーンの辛勝だった。両国の実績を考えれば驚くことではないし、むしろ、カンボジアの健闘が讃えられてもいいスコアである。

 

 だが、実際の試合内容は驚きに満ちていた。カンボジアが、偏執的とのそしりを受けそうなぐらい、つないでつないでつなぎ倒そうとしたのである。バーレーンのGKがドカンドカンとロングキックを連発する一方で、小柄なカンボジアのGKは宝物を扱うかのように丁寧なフィードを繰り返した。日本であれば、たとえレッズの西川であってもクリアに逃げてしまうような場面でも、キチンと仲間を探してサイドキックでパスをつないだ。もし同じようなプレーを日本人がやったら、起きる反応は驚愕か激怒のどちらかだろう。

 

 ただ、日本人からするといささか非常識にも思えるポゼッションへのこだわりは、カンボジアの特徴を見ると必然だったのかなという気もした。というのも、バーレーンとの対格差は歴然としており、フィフティーの競り合いでカンボジアが勝つことはまず考えられない。実際後半33分に許した決勝点も、GKと長身FWが競ったこぼれ球を押し込まれたものだったのだが、こういう状況を減らすためには、ボール保持の時間を増やすしかないからだ。

 

 選手としてはともかく、監督としての実績はまだゼロに近い本田圭佑だが、目指す方向性ははっきりとわかった。荒井義行さんがこの試合をご覧になったら、きっとお気に召すはずである。

 

<この原稿は19年9月12日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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