愛媛のメッシと呼ばれている男がいる。
 愛媛FCの背番号27、齋藤学だ。今季、横浜Fマリノスから期限付き移籍で愛媛にやってきた。ここまで(15節終了時)全9試合に出場し、3得点。彼の活躍もあって昨季まで得点力不足に泣いたチームが首位と勝ち点5差の8位につける原動力になっている。
「愛媛には重要な選手。瞬発力もあり、ワンタッチでボールも出せて他の選手を使える。チーム全体が良かれ、悪かれ、1人で試合の流れを変えられる」
 イヴィッツア・バルバリッチ監督が「齋藤が2人いればいいのに」と思わず漏らすほどチームには不可欠な存在になっている。

 165センチと小柄ながら、緑のピッチに立つと、そのオレンジのユニホームは輝きを放つ。圧巻だったのは5月8日の湘南ベルマーレ戦だ。J1から降格してきた格上相手に残り10分を切って0−1と1点ビハインド。重苦しい雰囲気が愛媛ベンチには漂っていた。だが、ロングフィードを前線のFW福田健二が胸で落とすと、そのボールにすばやく反応。持ち前のスピードで相手の最終ラインを翻弄すると、ゴール前の中央左寄りから右サイドにドリブルでスルスルと移動し、右足を振り抜いた。鮮やかな同点ゴール。
「愛媛のメッシにやられた」
 敵将の反町康治監督にそう言わしめるほど、たったひとりで試合の流れを変えた。

 小学3年生から横浜FM一筋。プライマリー、ジュニアユース、ユースと順調に階段を上がり、高校3年時には早くもJの舞台に立った。スピード感あふれるドリブル、裏への飛び出し、シュートセンス……。才能豊かな新星として注目を集めた。しかし、マリノスは過去にリーグ2連覇を達成した名門クラブ。いくらハイレベルな高卒ルーキーといえども、簡単に試合に出られるほどプロは甘くない。故障もあり、なかなか思うようにチャンスは巡ってこなかった。

 結局、正式にトップチームに昇格してからの2シーズンであげたのはわずか1ゴール。「今まで生きてきた中で、そんなに点を獲れなかったことはなかった」。齋藤にとっては悔しすぎる日々が過ぎていった。
「試合に出られれば、自分のプレーが通用するという実感はありました。でも、試合勘だったり経験が足りないので、落ち着いてプレーできていない。そういうのを補いたいと思っていました」
 ダイヤモンドの原石も磨かなければ光らない。切磋琢磨する場が21歳の若者に必要だった。

「移籍が初めてだったので、どういうものか分からず最初は不安でした。でも、愛媛はみんないい人で、監督も信頼してくれる。すごく充実した日々を過ごしていると思います」
 ここまであげた得点はすべてアウェーで記録したもの。「まずは愛媛でゴールしたいですね。とにかく点を獲りたい」。成長の機会を与えてくれた愛媛のためにも、それが目下の目標だ。ゴールへの執着心は人一倍。ホームのサポーターを喜ばせるのはそう遠くない日にやってくるに違いない。

(後編につづく)

<齋藤学(さいとう・まなぶ)プロフィール>
1990年4月4日、神奈川県出身。ポジションはFW。小学1年でサッカーをはじめ、3年よりセレクションに合格し、横浜F・マリノスの下部組織プライマリーへ。同ジュニアユース、ユースでは端戸仁(横浜FM)、水沼宏太(栃木)らとプレー。06年にはAFC U-17選手権で代表入りし、優勝に貢献。07年のU-17W杯にも出場を果たす。08年には二種登録ながらJリーグデビュー。リーグ戦7試合に出場する。09年よりトップチームに昇格し、翌年のヤマザキナビスコカップ(対神戸)でプロ初ゴールをあげた。11年より愛媛に期限付き移籍。スピードを生かしたドリブルと相手DFの裏へ抜ける動きが持ち味。身長165cm、54kg。
(写真提供:愛媛FC)



(石田洋之)
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