DSC00361第3回 名木利幸はこれまで、J1で309、J2で113、J3で3試合、計425試合を副審として見てきた(2017年2月6日現在)。「Jリーグのカテゴリーごとに、DFラインの上げ方、陣形をコンパクトに保つ方法が若干異なるんです」と名木は語り、こう続けた。

 

<2017年2月の原稿を再掲載しています>

 

「J1よりもJ2、J2よりもJ3の方がDFラインの押し上げは速いです。“全体をコンパクトに保つ”というのはどのカテゴリーも同じ。ですが、DFラインを上げて、全体をコンパクトに保つのか。あるいは、DFラインを上げつつも、FWのラインを下げて全体をコンパクトにするのか。前者がJ2、J3。後者がJ1です。J1は全体をじわじわと中央に寄せて行く。J2、J3はDFラインが中盤をキュッと前に押し込み、DFラインの裏が空きやすい」

 

 FWとDFの攻防をジャッジするのが副審の役割の1つである。特にオフサイドを巡る最終ラインでの駆け引きは「DFラインから頭や踵が出ていたかどうかを見極める、そういう世界」と名木は表現する。名木にJリーグにおいて個性的な選手はいるのか、と質すと「駆け引きのうまい選手を挙げるとしたら、佐藤寿人選手です」と間髪入れず答えた。

 

 佐藤は今季からJ2の名古屋グランパスに移籍したストライカーだ。170センチと小柄ながらJ1通算歴代2位の161ゴールを記録している。名木は佐藤の特徴をこう、説明する。

 

「佐藤選手はDFと駆け引きしつつ、副審も見ながらポジションを取るんです。オフサイドにならないためには、味方がボールを蹴った瞬間にDFラインと自分のポジションが合っていれば良い。佐藤選手はシンプルにDFの裏に飛び出すタイプではないんです。オフサイドポジションからオンサイドポジションに戻って飛び出る。一点のタイミングで合わせるんです。(佐藤の動きに)慣れるまで難しいですよ」。サンフレッチェ広島時代にMF青山敏弘からのロングフィードでDFラインの裏を取り、積み重ねてきたゴールには、こうしたボールをもらう前の動きがあったのだ。

 

選手と共にゲームをコントール

 

 もう一人、名木は個性のある選手として、川崎フロンターレからFC東京に活躍の場を移すFW大久保嘉人の名前を挙げた。大久保は4年間在籍した川崎Fでは3年連続得点王に輝くなど、J1通算歴代1位の171ゴールをあげている。「大久保選手はゴールに対しての想いがもの凄く熱い選手。(そういう選手に対しては)これはオフサイドですよ、これはファウルですよ、大丈夫ならば大丈夫だということ明示することが大事なんです」

 

 審判はサッカー選手の人生をジャッジ1つで左右してしまう。反則の基準をしっかりと伝えることで選手と審判の間に信頼関係が生まれる。「(佐藤も大久保も)チームの核となる選手です。彼らが僕らに対してリスペクトしてくれている行動をとると、周りの選手の行動も変わります。彼らも一緒になってゲームをコントロールしてくれるんです」

 

 1つの判定を巡り選手が審判に詰め寄る。観客にとってインパクトが強く、記憶に残りやすい場面だ。一方で、流れるように進んだ試合のレフェリングが語られることは少ない。ジャッジに関して、何事もなかったゲームの裏には判定基準をはっきりと選手に伝える名副審の存在がある。

 

 サッカーはロースコアのスポーツだ。1つのゴールが天国と地獄を分けることもある。誤審で結果が左右されるほど、悲しいことはない。サッカー界ではテクノロジーを使って誤審を防ごうとする向きがある。数多の試合の副審を担当してきた名木は、テクノロジーの採用について、どう感じているのだろうか。

 

最終回につづく

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170206名木さんプロフ名木利幸(なぎとしゆき)プロフィール>

1971年11月29日、高知県安芸市生まれ。96年に1級審判資格を取得し、Jリーグで副審を務める。2003年から国際副審として国際サッカー連盟(FIFA)に登録。09年には日本サッカー協会(JFA)プロフェッショナルレフェリー。14年FIFAワールドカップでは開幕戦のブラジル対クロアチアの試合を担当した。16年7月9日のJ1セカンドステージ第2節、浦和レッズ対柏レイソル戦でJ1通算副審担当試合数が300に到達。16年Jリーグアウォーズにて最優秀副審賞を受賞。高知県の観光特使も務める。

 

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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