「もっと多くの人に障害者スポーツをしてもらう方法はないだろうか」
 これが最近、私が抱えている課題のひとつです。インターネットでの生中継やスポーツサイトの配信、イベント活動などを行なう中で、障害者スポーツへの認知拡大は、まだ十分とは言えませんが、それでも少しずつ広がりを見せているという手応えを感じています。「見てみたい」「やってみたい」という人は徐々に増えており、問い合わせをいただくことも少なくありません。しかし、残念なことに障害者スポーツを見たり、実際にやれるところはそう多くはありません。なかなか要望に応えることができず、これまで何度も心苦しい思いをしてきました。そこで、今回はそれを解消するために始めたプロジェクトについてお話します。
「うちの子どもにもやらせてみたいのですが、どこでできますか?」
「見学に行きたいのですが、一番近い場所はどこでしょうか?」
 イベントや中継などの後には、必ずといっていいほど、こうした問い合わせをいただきます。特に子どもたちが興味を示し、その親御さんから問い合わせをいただくことが多いのですが、障害者スポーツに興味・関心を寄せていただけることは、STANDの活動の主旨でもありますから、本当に嬉しいことです。

 もちろん、私たちSTANDではでき得る限りの情報を提供したいと考えています。しかし、その時に必ずといっていいほど、ぶつかる壁があります。障害者スポーツを身近に見たりやったりすることのできる環境が整っておらず、なかなか要望に応えることができないということです。ウェブサイトや、年に数回のイベントで、素晴らしさを紹介しても、実際にやってみたいという人に応えられなければ、本当の意味での広がりはありません。そこでSTANDでは今年度中に新たなプロジェクトをスタートすることにしました。それは子どもたちが身近に障害者スポーツを始めるための動画サイトによる教材の提供です。

 これは単に競技のルールや特徴を紹介するだけのものではありません。動画を見ただけで、自宅の部屋、学校の教室や体育館、地域の公民館や児童館、といった子どもたちにとって身近な場所で、すぐに楽しむことができるようにという工夫を紹介しようというものです。

 鈴入りボールがなくてもゴールボールができる!

 例えばゴールボール。これは視覚に障害のある人ができるスポーツです。ロンドンパラリンピックで日本女子チームが団体初となる金メダルに輝いたことでも、広くその名が知れ渡った競技で、聞いたことのある人も少なくないことでしょう。通常、ゴールボールはバレーボールほどの大きさのコートの中、横幅9メートルのゴールを要し、鈴の入ったバスケットボールほどの大きさのボールを使います。

 しかし、それらは身近にあるものではありませんから、そのまま自宅や学校でというわけにはいきません。でも、「だからできない」わけではありません。諦める必要は全くないのです。ちょっとした工夫さえすれば、楽しむことができるのですから。

 例えば、こんな感じです。まずはコートの広さは自由に決めます。その場にあるスペースの中にゴールをつくればいいのです。ゴールはヒモなどで線を引いたり、両脇に目印となるようなものを置けば、OK。では、鈴入りのボールはどうするのか。身近にはなかなかありませんよね。そこでスーパーマーケットのレジ袋にバレーボールやドッヂボールを入れます。そうして転がせば、“カシャッ、カシャッ”という音が出ます。どうですか? できそうに思えてきませんか?

 同じくパラリンピック種目のシッティングバレーボールもできます。風船やビーチボールなら、簡単に用意できますよね。自宅のお部屋で、座ってやってみてください。体育館のように広くないからこそ、座ったままのルールが適しているともいえるでしょう。このような、工夫を、楽しく動画で紹介する教材を、現在STANDでは制作しています。

 とにかく、まずはやってみて欲しいのです。もちろん、楽しくないと感じる子もいるでしょう。それはそれでいいのです。スポーツが好きな子もいればそうでない子もいます。スポーツが好きでも、競技によって好き嫌いはあるもの。しかし、実際にやることで障害者スポーツに魅力を感じる子どもも出てくるはず。そういう子どもは、今度は上手になりたいと練習をしようとするでしょうし、さらに本格的に競技として始めたいという子どもも出てくることでしょう。もし、そんな子どもがいたら、ぜひ世界の頂点を目指してほしい。そのために、レクリエーションの紹介ではなく、パラリンピック競技を題材にしています。

 さらに動画を参考にしながら、きっと子どもたちは自分たちにとって一番いい方法を、見つけ出すことでしょう。
「こんなふうにしてボールの音を出すようにしたよ」
「こんなものを使ってゴールの代わりにしたよ」
 そんな情報交換をしていくうちに、新しいルールや競技が生れるかもしれません。まさに障害者スポーツとはアダプディッドスポーツですね。この動画サイトを教材としてのみならず、輪を広げるきっかけとして活用してほしいと願っています。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。