わたしたちSTANDでは、これまでさまざまな障害者スポーツの大会の動画配信を行なってきました。いつも難しさを痛感するのは、動画配信の価値をどう生み出すか、というものです。それを明確にすることで、効率的に認知、普及の拡大につなげていきたいと考えています。そこで、今年10月に行なった「スポーツ祭東京2013」の全国障害者スポーツ大会(全スポ)での動画配信では、多くの競技が同時進行していることもあり、それぞれの競技の特徴、出場者、配信のターゲットなどにあわせて、組み立てました。
 全スポの目的は以下のように掲げられています。
<大会の目的は、パラリンピックなどの競技スポーツとは異なり、障がいのある人々の社会参加の推進や、国民の障がいのある人々に対する理解を深めることにある>
 したがって、普段から競技をしており、その成果を試すために出場する選手もいれば、日常的にはスポーツをしておらず、参加すること自体が目的という出場者もいます。ですから、必ずしも全競技全試合が生中継に適しているかというと、そうではないでのす。そこで、競技や出場者ごとに、伝えるにふさわしい視点、伝えたいターゲットを絞り、組み合わせることにしました。

 まずは視聴ターゲットを明確にし、3つのカテゴリーに分けました。ひとつ目は、選手の家族や友人です。全国から集まった大勢の選手たちが、大きな会場で競技する、そのいきいきとした姿を、周囲の人は見たいはずです。ですから、陸上やフライングディスクなど出場者の多い競技には、会場にたくさんのカメラを入れ、なるべく多くの人を撮影しようと考えました。同時進行している競技を次々と切り替えて生中継するより、たくさんの選手を撮影し、後日、録画で配信することにしたのです。

 次に考えたのは、一般の人たち向けです。障害者スポーツを観たことのない人は、障害者スポーツの中には一般スポーツ同様に競技性が高く、スポーツとしての面白さがあることを知りません。そこで選んだのが、国内ではスポーツとして認知度が高い車椅子バスケットボールです。

 これは録画ではなく、生中継をしました。なぜなら、観るスポーツの醍醐味といえば、やはり生中継だからです。オリンピックやサッカーW杯を思い出してみてください。どんなにいい結果でも、どんなに素晴らしい内容の試合でも、やはり結末がわかってしまってからでは、面白さは半減してしまいます。今まさに世界のどこかで行なわれており、もう二度と訪れることはない、その一瞬のプレーや結果にこそ、人々は熱狂するのです。ですから、車椅子バスケは3日間、しっかりと生中継で競技としての魅力を味わってもらうことにしたのです。

 知ってほしいスポーツの可能性

 そして、もうひとつが障害者自身や、協会、学校などの団体を対象とした“きっかけづくり”にしてほしいということでした。「自分は障害があるから、スポーツはできない」と諦めている人たちに、「工夫次第でできるんだ」ということを知ってほしいと思ったのです。

 そこで選択したのが、グランドソフトボールでした。これは視覚障害者のために考案された競技で、1チーム10名で構成され、基本的にはソフトボールと同じルールで行なわれます。ピッチャーはキャッチャーが手を叩く音を聞き分けながらハンドボールに似たボールを転がし、その転がる音を聞いてバッターが打ちます。全ての塁には守備用と走塁用のベースが置いてあり、野手とランナーが衝突しないようにしているのです。

 今回、私もこの競技を初めて見たのですが、「なるほど」と何度も思わされました。普通、「目が見えないから野球やソフトボールはできない」と思ってしまいがちです。しかし、工夫次第でできることをグランドソフトボールは証明してくれているのです。そして何より、「見えないからできない」ではなく、「なんとしてでも、このスポーツをやりたい」という思いが溢れており、それが伝わってくる。これぞまさに“アダプディットスポーツ”。「何だって最初から諦めなければやれるんだ」ということを表現しているスポーツなのです。

 重要なのはアクセス数ではない

 実は“きっかけづくり”は、STANDが動画配信をすること自体においても大事なテーマとなっています。動画配信の意義は、会場に足を運べない人たちがパソコンひとつで、世界のどこからでも試合を観ることができる、その利便性です。しかし、それだけではないのです。目を輝かせて楽しそうに、そして真剣にスポーツに取り組んでいる人たちの姿を、それまで障害があることを理由に、なかなか外に出ようとしなかった人たちが見て、「試合会場に行って、生で観てみたいな」「自分もこういうところでやってみたいな」と、外への興味・関心を膨らませ、一歩を踏み出すきっかけにもなる。そこにこそ、動画配信の価値があると思っています。

 もちろん、配信する際にはアクセス数は重要ですし、私たちも増加するように工夫を凝らします。しかし、アクセス数の増加が最大の狙いではありません。STANDが配信する動画を見た人が「面白かった。また次も観たいな」ではなく、「今度は自分も会場に行きたい」と思ってほしいのです。その分、アクセス数が減っても、それは本望です。内に留まるためのものではなく、外に足を向けるきっかけになってほしい。それがSTANDの動画配信の最大の目的なのです。

 さて今回、実際に全スポの会場に行ってみて感じたのは、スポーツに秘められた力でした。目的は異なるにしろ、スポーツをやっている人たちからは大きなエネルギーが感じられ、勝って喜ぶ姿からも、負けて悔しがる姿からも、広い競技場で思いっきり身体を動かす姿からも、「スポーツとは、こんなにも人を輝かせてくれるものなんだ」と思わせてくれる力が感じられました。ひとりでも多くの人が、動画配信を見て、このスポーツの力を感じてほしいと願いながら、今日もまた次の中継の現場へ行ってきます。

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことがきっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ〜パラリンピックを目指すアスリートたち〜』(廣済堂出版)がある。

NEC×STAND第23回NEC全日本選抜車いすテニス選手権大会モバチュウ 12月1日(日)11:15〜