(写真:パッキャオはあっさりと引退を撤回。11月5日に7カ月ぶりのファイトに臨む)

(写真:パッキャオはあっさりと引退を撤回。11月5日に7カ月ぶりのファイトに臨む)

 11月5日

 ラスベガス トーマス&マックセンター

 

 WBO世界ウェルター級タイトルマッチ

 ジェシー・バルガス(アメリカ/27歳// 27勝(10KO)1敗 )

 vs.

 元6階級制覇王者

 マニー・パッキャオ(フィリピン/37歳/58勝(38KO)6敗2分)

 

 パッキャオのコンディションは?

 

 引退発表からわずか約4カ月———。4月9日のティモシー・ブラッドリー(アメリカ)戦後に一時は引退を発表しても、事実上の8階級制覇を果たした男が遠からずリングに復帰するのは予想されていたことではあった。それゆえ、興行主のトップランクはブラッドリー戦を“ラストファイト”と銘打つことを拒否していた。

 

(写真:まだ無名のバルガスだがすでに2階級制覇を果たしている Photo By Tom Hogan-HoganPhotos/Golden Boy Promotions)

(写真:まだ無名のバルガスだがすでに2階級制覇を果たしている Photo By Tom Hogan-HoganPhotos/Golden Boy Promotions)

 ただ、それにしても、パッキャオはこれほどの早さで戻ってくるとは誰も思わなかったというのが正直なところだろう。

「ファイトは実現する。僕は11月5日にWBO世界ウェルター級王者のバルガスと戦うことに同意した。ボクシングは僕の情熱。ジムで練習し、リングで戦うことが恋しかった」

 

 パッキャオは8月10日にそんなコメントを発表し、復帰戦を行うことを正式に表明した。このスポーツへの想いを強調する一方で、「ボクシングは僕の主要な収入源。議員としての給料には頼れない」という正直な発言も残している。そして、現時点では後者の方がより切実な理由と考える関係者は少なくない。

 

 ブラッドリー戦後に上院議員選に当選したフィリピン人は、以降は政治活動に勤しんでいる。ただ、その報酬はアメリカのリングで稼ぐ額とは比較になるまい。

 

 昨年5月のフロイド・メイウェザー(アメリカ)戦では約1億5000万ドルという途方もない額を手にしたパッキャオだったが、ブラッドリー戦は赤字興行に終わり、最低2000万ドルというトップランクとの契約更新時の保証額はバルガス戦では見直されるという。それでも1000万ドル前後に上るであろうファイトマネーは、出費も多いフィリピンの雄には魅力に違いない。

 

 そんな背景を考えれば、今戦で注目されるのはパッキャオがどんなコンディションを作ってくるかである。今回はアメリカでキャンプを開催せず、議員の仕事をこなしながらフィリピンで練習を積むという。完全な兼業ボクサー状態で、満足に戦える身体を作れるのかどうか。

 

 普通に考えれば、パッキャオにとってバルガスは遥かに格下の相手である。4月のブラッドリー戦くらいの状態ならば勝利は堅く、来春に予想されるさらなるビッグファイトへのチューンアップに過ぎない。しかし、37歳になった老雄が明らかに練習不足で出てきた場合には分からない。バルガス戦では、前日計量時からパッキャオの身体にこれまで以上に視線が集まりそうだ。

 

  バルガスのレベルアップ

 

(写真:3月は会心のKO勝ちでウェルター王者に就き、評価を上げた Photo By Tom Hogan-HoganPhotos/Golden Boy Promotions」)

(写真:3月は会心のKO勝ちでウェルター王者に就き、評価を上げた Photo By Tom Hogan-HoganPhotos/Golden Boy Promotions」)

 台頭期のバルガスは目立った長所もなく、際どい判定勝ちを続けている印象ばかりの“凡庸なプロスペクト”だった。WBA世界スーパーライト級時代は、トップランク所属であることの恩恵を受けた“写真判定王者”と揶揄されていた。しかし、この選手はここ1年で一皮むけた感がある。

 

 昨年6月のブラッドリー戦では結局は判定負けしたものの、12ラウンド終了間際に相手をあわやダウンに追い込んだ。実績ある古豪への健闘で、手応えを掴んだ部分もあったのだろう。今年3月には評判の良かったサダム・アリ(アメリカ)を鮮やかに9ラウンドでストップし、自己最高の出来で2階級制覇を果たした。

 

 アリ戦で2011年7月以来のストップ勝ちを収めたバルガスは、その試合後には「このときのために8歳のときから頑張ってきた。とても幸せだ」と感無量の表情だった。素直な性格で知られる好漢だけに、ここで再び自信をつけて、さらに飛躍しても驚くべきではないのかもしれない。

 

 パッキャオとのツールの違いは明らかだけに、前王者がしっかりと身体を作ってきた場合には絶対不利は否めない。ただ、前述通り、パッキャオの仕上がりが甘く、なおかつバルガスが大きく成長していた場合……意外な接戦の末に、勝負が後半にもつれ込むことも絶対にないとは言い切れまい。

 

 興行成績の行方

 

 パッキャオの話題性はアメリカ国内でも低下し、上記通り、興行不振に終わったブラッドリー戦でトップランクは1000万ドル以上に及ぶ赤字を出したと言われる。バルガスの知名度はブラッドリー以下。今戦もペイパーヴュー(PPV)売り上げは30万件程度が精一杯だろう。

 

 トップランクのプロモーター、ボブ・アラムによると、メガケーブル局HBOは今回のパッキャオ対バルガス戦の放送を拒否したという。2011年5月のシェーン・モズリー(アメリカ)戦以降では、パッキャオ戦がHBOで中継されないのはこれが初めてのことになる。

 

(写真:会場はおなじみのMGMではなくトーマス&マックセンター。どれだけの観客が集まるか)

(写真:会場はおなじみのMGMではなくトーマス&マックセンター。どれだけの観客が集まるか)

 HBOは11月19日にセルゲイ・コバレフ(ロシア)対アンドレ・ウォード(アメリカ)戦をPPV中継することがすでに決まっており、3週間の間に2度もPPV興行を打ちたくないという理由づけは理解できる。ただ、パッキャオが元気な頃なら、HBOも何とかして打開策を見つけていたはずだ。一連の動きは、米ボクシングのプレミアブランドであり続けてきたメガケーブル局が、パッキャオの商品価値をもう最大限に評価していない何よりの証拠と言える。

 

 パッキャオ対バルガス戦の放映権をめぐり、アラムはESPN、Showtime、TNTといった有力局と交渉していくという。今戦を放送しておけば、その局は来春に計画される次なるビッグファイトの放映権交渉時にも有利になる。

 

 端的に言って、各局は依然として実現の噂が消えないメイウェザー対パッキャオ再戦の可能性を睨んでいる。第1戦からガタ落ちするにせよ、それでも莫大なPPV 売り上げを記録するであろう“世紀の再戦”まで視野に入れて、百戦錬磨のエグゼクティブたちのせめぎ合いは続いていく。

 

 最終的にはどのテレビ局が、どのような条件でパッキャオ対バルガス戦を中継するのか。そして、どの程度の興行成績を記録するのか。その結果次第で未来は変わり得るだけに、ボクシング界特有のマネーゲームから今回も目が離せない。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

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