ムエタイのラジャダムナン・ワールドシリーズ(RWS)の日本開催第1回大会『RWS JAPAN』が12日、東京・後楽園ホールで行われた。メインイベントのラジャダムナンスタジアム認定スーパーフライ級王座統一戦は、暫定王者の名高・エイワスポーツジム(吉成名高)が正規王者プレーオプラーオ・ペップラオファー(タイ)を判定で破った。この結果、名高はミニフライ、フライに続き、ラジャダムナン認定王座での3階級制覇を達成した。
 

 RWSの日本興行第1弾の大トリを任されたのが名高だ。「ずっとやりたかった選手」。6年越しの初対戦は、2階級制覇王者プレーオプラーオとの王座統一戦という最高の舞台となった。入場は暫定王者の名高が先に。人気ロックバンドONE OK ROCKの『The Beginning』に乗って後楽園ホール南側の観客席の最後方から入場した。
「タイでも大歓声をいつもいただけるんですが、今日の試合も入場式の時も、タイのRWSがそのまま日本に来たんじゃないかというくらい盛り上がっていた。試合をしていて楽しかったし、苦しかったけれど楽しかったです」

 

 試合前の踊り、ワイクルーでは赤コーナーで待つプレーオプラーオに刀を振り下ろし、突き刺すポーズを見せた。それを受け、プレーオプラーオが突き返すリアクション。思わず名高も笑みをこぼした。
「ワイクルーは感謝の気持ちを込めて踊るんですが、僕は練習を見てくれた先生への感謝、ご飯をつくってくれたり仕事を頑張っているお父さんとお母さんへの感謝を込めて踊っています。ワイクルーは文化なので、そういった文化を日本の皆さんにも見てもらいたいと思って、最後に日本の文化ということで最後に刀を使って侍のワイクルーを披露しました。それにプレーオプラーオ選手も乗ってくれたので、会場が盛り上がってくれて良かったです」

 

 儀式が終われば、戦闘モードのスイッチが入る。名高は鋭い眼光を光らせ、プレーオプラーオと向かい合う。1ラウンド目、後楽園ホールを沸かせた。序盤は相手の攻撃を見極めながらの立ち上がりのように映ったが、徐々に圧力を掛けていく。ボディストレートを効かせると、左ローの足払いでプレーオプラーオを倒す。ラッシュを仕掛けてからの足払いでレフェリーはダウン。このラウンドはジャッジ3者が10-8で名高を支持した。KO勝ちの期待が高まる第2ラウンドも優位に運んだ。このラウンドは3者が10-9で名高だ。

 

 試合後に名高が「苦しかった」と話したのは、プレーオプラーオの尽きることのない闘志に手を焼いたことだろう。「いつも自分は対戦相手の仮想をするんです。自分の中で相手を過大評価し、(本番では)それを超えてこないように意識してやっているのですが、タフさに関してはその想像を遥かに超えてきました」。名高がいくら攻撃を当てても、前を出ることをやめないブレーオプラーオ。逆転勝ちを狙い近距離から肘で名高の顔面に襲い掛かる。深手を負えば、そこで試合をストップするリスクもある。名高は必要以上には接近戦には付き合わず、うまくかわすディフェンステクニックも披露した。


「“絶対に倒してやろう”と思ったんですが、いつもは冷静に散らせるのに顏だけ、お腹だけになってしまった。しかもそこで手の力を使い過ぎてしまった。そこは反省点です。もっと冷静になれば展開も変わっていたと思います。出落ちじゃないけど、1ラウンドが一番盛り上がって、そこから僕がポイントを取る戦い方になってしまいました」
 最後まで退かない相手に「気圧された」と言いつつも、残りのラウンドも10-9でポイントを取り続けた。判定は50-44の完勝だ。劣勢の日本vs.タイの対抗戦は、総大将が勝って締めた。

 

 正規王者を倒したことで、完全なる3階級制覇達成だ。周知のようにムエタイはタイの国技。このまま王国が名高の独走を許すわけがない。次戦以降については、現ラジャダムナンスタジアム認定バンタム級王者のクマンドーイ・ペッティンディーアカデミーらの名を挙げた。
「クマンドーイ選手もRWSに初出場してバンタム級タイトルマッチで王者になった。スーパーフライ級までクマンドーイ選手が落とせるって話しもあるので、その階級でできればやりたいです。僕は判定でしたが、昨年12月の試合でプレーオプラーオ選手を倒した選手がいて、その選手とやるという話もある。ここからまた試練が続くのかな」

 

 名高にはムエタイをメジャーにしたいという想いがある。
「今回すごく盛り上がったし、タイ人の強さも皆さん分かったと思う。これをきっかけにムエタイが認知され、日本人選手のレベルが上がればいい。みんなでしのぎを削ってやれば、競技自体が盛り上がっていくと思います。僕も今日の試合で反省点があったので修正して強くなる。ムエタイが盛り上げっていけば、野球やサッカーのように普及するスポーツになると思うので、みんなで頑張りたいと思います」

 

 メインカードに組まれたタイとの対抗戦は日本勢の2勝5敗に終わった。ムエタイ王国の刺客から白星を挙げたのは名高と女子アトム級の伊藤紗弥(尚武会)だけだ。伊藤は2012年、中学2年生にしてタイでWPMF女子世界ピン級暫定王者を獲得した。その後、WPMF・WMC・WBCムエタイと女子世界王座の3冠を達成。22年にはIPCC世界女子アトム級タイトルを奪取し、4冠目を手に入れた。RWS発表の戦績によると47戦35勝10敗2分けで、現在3連勝中。対戦相手はノンミン・トール ソンキアット。タイのアマチュアムエタイユース金メダリスト(2019、21、22年)で、2022年のタイ国キックボクシング大会も制している。伊藤の8歳下の17歳ながら既に45戦35勝10敗のキャリアを積んでいる。

 

 名高同様ワイクルーにこだわりを見せるファイターだ。「ムエタイの迫力、華麗さもありますが、伝統を大事にしているところを私は伝えたい。ワイクルーをやらない団体もありますが、ワイクルーを含めてムエタイです。そこも楽しんでもらいたい。私はワイクルーが大好き。ひとつひとつを綺麗に見せたいし、試合前に踊ることで私も落ち着きます」。そう話す伊藤のワイクルーは本場タイでも認められているという。

 

 試合前は「ヒジ打ちを狙っていきます」と宣言していた伊藤。「ヒジを出すことで、ムエタイの魅力が伝わるかなと思った」とミドル、ローキックからヒジやパンチを繰り出した。このラウンドはジャッジ3者が10-9で伊藤を支持。試合が動いたのは第2ラウンドだ。30秒過ぎ、ミドルキックをキャッチし、右ストレートを炸裂。ここは転倒扱いのため、レフェリーは即座に試合を再開した。

 

 一気に攻勢を仕掛ける伊藤。ボディの連打で相手が退いたところを追撃のヒザを打ち込み、キャンバスに沈めた。畳み掛けるようにボディを狙い、トドメのヒザでフィニッシュ。2ラウンドKO勝ちで対抗戦の先鋒の役割を十二分に果たした。
「課題にしてきたパンチを出せたことが良かった。最近の試合は大きな相手が多く、ヒジを出す余裕がなかった。今回は身長(伊藤154cm、ノンミン160cm)もあまり変わらないということで、“ヒジをどんどん出していこう”と練習をしてきました。その練習してきたことができて良かった」

 

 尚武会の今井章人トレーナーによれば「パンチを強化してきたので、パンチで倒してもらいたいというのがあった。実際、パンチで追い詰めて、倒して終わらせた。100点満点どころじゃない」という完勝劇だ。元々はキックを軸とする戦型だった。「距離を取って綺麗に戦うスタイルでした」と伊藤。昨年9月にラジャダムナンスタジアムでのRWSに参戦し、判定負けを喫したことで、パンチの強化に取り組んできた。「アグレッシブさやパンチも評価される。それにパンチを強化しないと蹴りが入らない。背の高い相手に距離を取られると、蹴りが入らず、近付くと組まれてしまった」。小柄な体躯で、手足の長いタイ選手と渡り合うにはキックだけでは勝てない――。「地味な練習を頑張って何カ月もやってきた。それが今日の結果に繋がった」と今井トレーナーは称えた。

 

 かつて“女子禁制”とされてきたラジャダムナン&ルンピニーの2大スタジアムだが、近年はその禁が解かれた。21年にルンピニー、22年にラジャダムナンが女子の試合を行い、タイトルも新設されてきている。ラジャダムナンでは伊藤の軽量級はまだない。
「ラジャダムナンのベルトに価値があると思っています。私の軽量級もつくってもらえたらうれしいです。そこが私の最終目標でもあります」

 次戦は地元・八王子でのムエタイ興行「ムエローク」(5月)に出場すること以外、決まっていないという。11月、12月、1月に続き、4カ月連続戦だった。それでも「オファーが来たら考えます。タイからオファーがくれば行っちゃうかもしれません」と伊藤は前向きだ。

 

 大会終了後、RWS JAPANの佐々木洋平代表は「タイの強さを証明できたのがうれしかった」と語った。日本vs.タイの対抗戦。日本での興行で日本選手に花を持たせるようなことはなかった。日本国内のチャンピオンクラスを揃えても3つ負け越した。「立ち技最強格闘技をこれからどんどん味わってもらいたい。タイからチャンピオンをどんどん呼んで来るので、日本の選手たちに挑戦してもらいたい」。佐々木代表は、今後もRWS JAPANのレギュラー化を目指す。今回の前売り券は完売、当日はバルコニー席を販売し、立ち見客もいた。佐々木代表によれば、今回の興行を黒字で終えることができる見通し。チケット・物販収入に加え、スポンサー収入もあった。選手のユニホームは統一し、スポンサーメリットをつくったことの効果は大きかったようだ。とはいえ第1回の祝儀的な意味合いもあろう。ムエタイ人気の火付け役となれるか――第2回以降のRWS JAPANに注目だ。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

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