“失速の浦和”“シルバーコレクター”と言われた過去がウソのようだ。今季の浦和レッズはJリーグカップを制し、2007年アジアチャンピオンズリーグ以来のタイトルを獲得。リーグ戦では年間1位でチャンピオンシップに進出を果たした。なぜ浦和は大一番で粘り強くなったのか。理由は守備の安定にある。今季リーグ戦34試合でリーグ最少の28失点。1試合平均失点は0.82だ。堅守の中心にはGK西川周作がいる。西川は正確なキックから得点も演出している。浦和ゴールにカギを掛けつつ、攻撃にも参加する守護神のこだわりを、2年前の原稿で振り返ろう。

 

<この原稿は2014年10月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 

 ブラジルW杯後、日本代表監督に就任したハビエル・アギーレが初めて視察したJリーグのゲームは浦和レッズ対サンフレッチェ広島戦だった。

 

 8月16日、埼玉スタジアム。浦和が1対0で勝利し、単独首位に躍り出たこのゲーム、新監督はメモを取りながら熱心に観戦した。試合後、報道陣には次のような感想を口にした。

 

「統率のとれた試合だ。気に入った選手も何人かいる。技術、戦術的にも素晴らしい選手がいたが、ここでは言えない」

 

 新監督の視察を、誰よりも楽しみにしていたのが浦和のGK西川周作である。試合前には「普段どおりにやりたい」と語っていたが、心には期するものがあったはずだ。

 

 もう一度、代表へ。そしてロシアへ――。

 

 グループリーグで敗退したブラジルW杯、西川は3試合ともベンチを温めた。正GK川島永嗣の牙城を突き崩すことはできなかった。

 

「サッカー人生で、あれほど悔しい思いをしたことはない」

 

 西川がそう言って悔しがるのが、初戦8日前、合宿地の米・タンパでのザンビア代表戦である。仮想コートジボワール。それがアルベルト・ザッケローニ監督の狙いだった。

 

 このゲーム、日本は大久保嘉人の決勝ゴールで劇的な逆転勝利をおさめたものの、守備面ではほころびが目立ち、3失点を喫した。

 

 不運な失点もあったが、西川は苦戦の原因を、ひとりで背負い込んだ。

 

 振り返って、西川は語る。

「本番前に2試合、親善試合があると聞いた時、絶対に1試合は自分にチャンスが来ると思っていました。その1試合で結果を出せば、W杯にも出られるだろうと……。そのための準備もしっかりしていたつもりです」

 

 それなのに――。

「守備も攻撃も何もできなかった。終わった後は“オレはこんなにもできないのか……”とショックでした。誰に対してというより、自分に対して腹が立ちました。

 

 このままでは終われない。Jリーグでしっかりプレーし、浦和で優勝を果たす。そして、もう一度、代表へ。そうならなければ、あの時の悔しさは晴らせないという危機感を、あれからは常に抱いています」

 

 失点はGKひとりの力では減らせないものだが、能力を判断する上で1試合あたりの平均失点数はひとつの指標になる。

 

 広島の2012年の数値は1.00(リーグ2位タイ)、13年は0.81でリーグトップだった。西川を中心にした守りの固さが連覇の要因だったことをデータは裏付けている。

 

 翻って浦和の昨季の数値は1.65。18チーム中12位。そこで国内最高のGKといわれる西川に白羽の矢が立った。

 

 浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督は攻撃サッカーを標榜する。彼の下で西川は広島時代、2年間プレーした。それだけに気心は知れている。

 

 西川は語る。

「ミシャ(ペトロヴィッチの愛称)は今でも攻撃的なスタイルを崩してはいません。ただ守備に関しても、しっかりオーガナイズしていこうと。前からプレッシャーをかけ、高い位置でボールをとる。その意識は全員が共有しています。

 

 ただしGKとしては、どうしても1点が欲しい時に、後ろのバランスだけは崩さないようにしたい。相手に対し、しっかりチャレンジ&カバーできるポジショニングを後ろから指示しています」

 

 今季、浦和の守りは大幅に改善された。22試合が終わった時点での1試合あたりの平均失点0.82はトップのサガン鳥栖に次いで2位。第10節から第16節にかけては7試合連続無失点というJ1記録を樹立した。

 

 これが評価されて西川は7月の月間MVPに選ばれた。選出理由は、こうだった。

 

<7月の成績では、枠内にシュートされた15本のうち、セーブ数が2位タイとなる14本、セーブ率は93.3%と高い数字を誇る。特に第15節の新潟戦、第16節の徳島戦において、相手との1対1をセーブするなど、ピンチを確実に防ぐ集中力を維持する姿勢が評価される。第17節の鹿島戦で1失点し、チームの連続無失点記録が途切れたが、その後、崩れることなくチームを支えた>(Jリーグ公式サイト)

 

 その西川が「理想のGK」と評するのがドイツ代表のマヌエル・ノイアーだ。ブラジルW杯優勝の最大の立役者と言っても過言ではあるまい。

 

 ピッチでは、ひとりだけ違う色のユニホームを着ているものの、そのプレーぶりはフィールドプレーヤーのようですらあった。果敢にペナルティーエリアを飛び出して未然にピンチを防ぎ、速く、正確にボールをフィードし続けた。

 

 ブラジル滞在中、テレビで何試合かドイツ戦を見る機会があった。自ずと西川の目はノイアーに釘付けになった。

 

「本当に勉強になりました」

 

 そう前置きして西川は語る。

「普段は(ゴールマウスの前で)どしっと構えている。しかしDFの裏のカバーとかは一切、手を抜かない。単にクリアするだけでなく、味方につなげてチャンスをつくる。僕も攻撃型のGKという自負がありましたが、ブラジルでノイアーのプレーを見て以降、さらにその意識が強くなりましたね」

 

 ノイアーは本来、右利きだが左足でも前線に正確なボールを運ぶ。西川は少年時代、右から左に転向した。理由は、こうだ。

「右利きの選手が多い中、人より違うものは何か、と考えた時、左で蹴ることだったんです。中学生の頃はコーンに当てたり、ハーフウェイラインからゴールポスト目がけて蹴るとか、独自の練習をしました。そうしているうちに、いつの間にか左の方が得意になったんです」

 

 最後に訊いた。

 

――自身にとって理想のGK像とは?

「僕はゲームメーカーだという意識でいます。攻撃は自分のところから始まるんだと。そして、これこそが他のGKにはない自分の最大の強みだとも。リスクを負ってでも、自分の理想を追求していきたい」

 現在、28歳。経験値がモノをいうポジションにあって、脂が乗るのはこれからである。


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