(写真:世界初となるプロのグラップリングイベントが旗揚げされた)

「どんな世界を見せてくれるのか楽しみだ」

 僕は、桜庭和志選手が立ち上げたグラップリングの団体大会『QUINTET』(クインテット)へ大きな期待を寄せていた。

 

「個の戦いのプロ格闘技にチーム色を加えるのは斬新なことだよ」

 制服姿のまま両国国技館に駆けつけた高校生の息子に対して、僕は熱く『QUINTET』の魅力を語っていた。

 

 打撃のないグラップリングだけのルールは正直地味だが、そこは桜庭選手がプロデュースするとあって、お客さん目線でルールが作られてある。

 膠着を誘発するクローズドガード(倒れた側が相手の胴体を両脚で挟み、足首を組んで抑えている状態)が違反行為となるなど、お互いが極めにいくため動き回るように設定されてあるのだ。もし消極的な戦いをすると「指導」が入り、それが3回続くと失格。観客を退屈させないよう工夫がなされてある。

 

「プロは勝敗以上にお金の取れる試合を、と考えているところが桜庭選手らしい」

 テレビ局やスポンサーの付いていなかったUインターでデビューした桜庭選手は、お客様に喜んでもらえないと次はないことをよくわかっている。魅せる試合をしてこそプロなのである。

 

「グラップリング競技の面白さをどうショーアップさせるかがポイントだろうね」

 どんな大会になるのかワクワクしながら、僕たち親子は会場内へと歩を進めた。

 

「えっ、リングじゃない!」

 館内を見て驚いた。なんと中央にレスリングマットが敷かれてある。

 見慣れているリングや金網などと違って、囲われていないレスリング用マットは開放感に満ち溢れて新鮮だ。

 

 「なんかクリアな感じでイイかも」

 桜庭選手は、もともとレスリング出身だ。原点回帰の意味もあったのだろうか?

 

 これはプロとアマの敷居が低くなって良いと思う。競技を発展させることを考えたらレスリングマット案は正解だろう。何よりも競技人口を増やすことが一番大切なことなので、これは良い所に目をつけたと思う。長年プロのリングでファイトしてきた人間は、このような発想をなかなか持てないだけに彼の非凡さを感じる。さすがはIQレスラーだ!

 

『QUINTET』は、将来オリンピック競技を狙えるポテンシャルを兼ね備えているとさえ感じた。「いいぞ、いいぞ」。僕の期待感がどんどん高まってきたところで選手の入場が始まった。

 桜庭選手率いる『HALEO Dream Team』の入場曲は、なんと『UWFのテーマ曲』だった。

 

 所英男選手や中村大介選手などUの遺伝子を受け継ぐ選手が桜庭選手と一緒に入って来たが、そのメンバーの中にジョシュ・バーネット選手の姿もあった。

 

 最前列で観戦していた僕を見つけたジョシュは、歩み寄ってハグをしてくれた。闘病中、紙面を通じて彼がエールを送ってくれたことを思い出し、僕は胸が熱くなった。“青い目のサムライ”に再会できたことを本当に嬉しく思う。

 

 さて、肝心の『QUINTET』の試合内容だが、懸念していた膠着状態にならず、めまぐるしい展開に会場は想像以上に沸いていた。驚いたのが所英男選手の試合だ。開始早々、芸術的な一本が見事に決まったのである。

 

「すげ~、すげ~!」

 僕は息子と両手を突き上げ、喜びを爆発させた。

 

「あの入り方は、以前オレのイベントのセミナーで伝授してくれたやつだよね」

 技の入りは、所選手が得意としているイマナリロール(倒れ込みながら相手の足関節を取りにいく)だ。そこから足関節技ではなく、更にその上をいく腕ひしぎ逆十字へとつなぐスペシャルコンビネーションだった。

 

「所選手は、もってるね~。やっぱスーパースターだよ!」

 当然ながら場内はお祭り騒ぎだ。僕も興奮が収まらない。

 この試合から明らかに流れが変わり、大会が俄然良い方向に進んでいった。

 

 所選手のように個で目立つ選手もいれば、捨石に徹する選手もいるなど、団体戦ならではの戦略も随所で見られて面白い。

 

「20kgの体重差があると試合時間が半分の4分になるみたいよ」

 息子もルールに目がいくようになり、『QUINTET』の魅力にグイグイ引き込まれているようだった。格闘技未経験の息子がここまでグラップリングに興味を抱くとは正直驚きである。

 

「たった4分間で、一本取るのはいくら体格差があっても厳しいよな」

 決勝戦では、ファンの期待を背負いジョシュ選手が先鋒に出場したが、このルールの前に涙を呑んだ。小兵の相手選手はリーダー格であるジョシュを引き分けに持ち込むことに成功し、満足気であった。野球で言えば送りバンド成功といったところだろう。

 

「『QUINTET』の引き分けは、負けを意味するだけにジョシュもつらいだろうね」

 抜き試合だと勝つしか道は残されていない。引き分けは両者が姿を消す。対戦相手より体重の軽い選手が実力のある重量級選手と引き分ければ、勝ちに等しい価値を持つ。だから例え引き分けであっても観客は興奮するのである。通常、格闘技の試合で引き分けが一番つまらないのだが、それをここまでエキサイティングに演出できるのは凄いこと。

 

 昆虫バトル「クワレス」をプロデュースしている僕も負けてはいられないと思った。

「やり方ひとつで見え方が大きく違ってくるだなぁ。オレももっとステージを研究しなきゃ」

 

 今回、『QUINTET』を見に来て、いろいろと参考になった。

 桜庭選手はファイターとしてだけでなく、プロデューサーとしても優れている。マジで面白かった! お世辞抜きで大成功だったと思う。グラップリングをエンタメに昇華させた『QUINTET』の次回大会が今から待ち遠しい。

 

(このコーナーは毎月第4金曜日に更新します)


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