1 史上稀にみる大混戦のセ・リーグを制したのは、東京ヤクルトである。今季、14年ぶり7度目のリーグ優勝に輝いた。一昨年から2年連続で最下位に低迷していたチームを優勝に導いたのは、セ・リーグ随一の打撃力だろう。主軸である山田哲人、川端慎吾、畠山和洋の3選手が打撃タイトルを独占状態だ。彼らを覚醒させ、チームの打撃力を向上させたのは、杉村繁打撃コーチである。過去、内川聖一や青木宣親らスター選手を育て上げた名伯楽に、自らの打撃指導論や今季のチーム状況を二宮清純が聞いた。

主砲の不在を埋めた選手たち

二宮: 今季は開幕してすぐにウラディミール・バレンティン選手が離脱し、打撃面が非常に心配されました。しかし、1シーズン60本塁打の日本記録を持つ主砲の不在を他の選手たちが補っていました。
杉村: 見事に繋ぎの野球ができていましたね。実を言うと、昨季よりもチーム打率は2分ぐらい下がっています。やはりバレンティンがいないということで長打力には欠けました。その中で、川端、山田、畠山の3人はよく頑張ってくれています。

二宮: まず、お伺いしたいのが2番の川端選手です。ここまで3割3分6厘と首位打者争いのトップに立っています。
杉村: 彼はもともと芯に当てるのが巧い。それに加えて、今年は練習量が今までとは遥かに違います。恐らく、川端の野球人生の中で一番練習しているんじゃないでしょうか。きっと彼にとって、“今年はやらなければいけない”という思いがあったんでしょう。練習への取り組み方や考え方が全然違います。1人でスローボールを打ってから、毎日僕のところに山田と2人でティーバッティングを練習しに来ます。去年はそういうことが少なかったですからね。

二宮: 昨年ブレークした山田選手同様、ティー効果は大きかたったと?
杉村: 効果があるのかどうかは分かりませんが、基礎の練習を1年間やり続けるということは大変だと思うんですよ。そういう意味では、川端からは強い意志が感じられますね。

二宮: 山田選手からの刺激もあったのでしょう。
杉村: そうですね。ウチのチームは、バッティングは積極的にいって、粘るところは粘るという攻撃の仕方です。川端は嫌なボールをファールにして粘ることができる。1打席で5、6球を投げさせる粘りは、野球選手の見本だと思いますね。彼は今年で10年目になるので、それなりの経験値もあります。ずっとファームで練習してきたことが、今こうしてやっと実っているのだと思いますね。

二宮: 打点王が有力な畠山選手は、前の川端選手や山田選手など出塁率の高い選手がいるのに加え、バレンティンの不在という状況の中で責任感が芽生えたように思われます。
杉村: 特に彼には長打が求められている。ですから今季の大きい打球は全部左方向ですよ。

2二宮: ランナーを返す役に徹したと?
杉村: はい。逆方向にも打てば、今よりも打率はもっと上がると思います。実際、昨年までは広角に打っていたので3割に乗せていましたが、今年は左しか狙っていない分、打率は落ちていて三振も多いです。しかし、彼はここぞという一番大事な場面で打ってくれる。打撃の技術は一番だと思いますよ。

二宮: 好打者揃いのヤクルトの中でも?
杉村: 畠山の打撃のひとつひとつを取ったら、全てが理想的なんですよ。構え方、バットの軌道、スイングの速さ、フォロースルー。非常に理想的な打ち方をしています。それに加えて彼はプロ15年目になるので、配球の読みが素晴らしいんです。

二宮: 昔は少々ヤンチャなイメージもありました。
杉村: ずいぶん、変わりましたね(笑)。若い頃は言うことを聞かなくて、暴れん坊みたいな感じでしたよ。僕がヤクルトのコーチに就任して3年目の時は、彼はまだ二軍で4番を打っていましたからね。そんな苦労人がプロ15年目にしてタイトルを初めて獲得するとなると、これは凄く嬉しいことですね。この2年間は、春季キャンプで毎日ティーバッティングをやりましたし、本当によく練習をするようになりましたよ。

本音は仲良く分け合って欲しい

二宮: チームは14年ぶりの優勝を決めました。開幕前にヤクルトを優勝候補にあげていた人はほとんどいませんでしたよね。
杉村: 今年は“真中効果”でしょう。真中満監督は「バントをしなくていいから、3点4点取ろう」という攻撃的な野球をします。なので、ウチは2番から大チャンスになるわけです。2番・川端、3番・山田、4番・畠山、5番・バレンティン、6番・雄平と2番から6番まで素晴らしい打線になりますよ。これで1番と8番が決まれば、文句なしのオーダーが組めますね。

二宮: 現在、首位打者は川端選手、本塁打王と盗塁王は山田選手、打点王は畠山選手と、このままいけば今季の打撃タイトルはヤクルトが独占ですね。
杉村: 嬉しいですね。こんなこと史上初めてです。哲人が三冠王という未知の記録に挑戦していたので、獲れるんだったら獲らせてあげたいという気持ちもありました。しかし、それぞれ1個ずつタイトルを獲った方が喧嘩もなくていいですからね。そのへんは悩みというか葛藤がありましたよ。嬉しい悩みですけど(笑)。

二宮: 今季は杉村さんにとっても、充実のシーズンになりましたね。
杉村: 指導者冥利に尽きます。ここまできたら、選手たちを何としてでも日本シリーズに行かせてあげたいです。レギュラーシーズンとは違った独特の雰囲気を皆に経験させてあげたいですね。あの雰囲気はやっぱり最高ですよ。

(第2回につづく)

3  <杉村繁(すぎむら・しげる)プロフィール>
1957年7月31日、高知県高知市出身。高知高時代は、3度甲子園に出場。3年春は東海大相模高との決勝で、延長13回表に決勝打を放ち、優勝に貢献した。「中西太二世」の異名を取り、76年にドラフト1位指名で東京ヤクルトに入団。11年のプロ生活で147安打を記録し、87年に現役を引退した。その後は球団広報などフロント業務を務め、00年からは若松勉監督のもと打撃補佐コーチに就任する。08年に横浜の一、二軍巡回打撃コーチとなり、13年には二軍打撃コーチとして再び古巣に復帰。14年から一軍打撃コーチに昇格した。背番号74。

 

(構成・写真/安部晴奈)


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