第817回 長嶋茂雄を虜にした「本盗」の魅力

facebook icon twitter icon

 プロ野球の世界で、6月3日に逝去した長嶋茂雄さん(巨人軍終身名誉監督)ほど“顧客ファースト”に徹した人はいなかった。

 

 

 

 テレビのインタビューでは「空振りし、ヘルメットをどこに落とすかまで考えた男ですよ」と、娯楽性にみちた自身のプレーを、身振り手振りを交えて解説していた。

 

「三振にもよい三振と醜い三振がある」

 

 これが長嶋さんの持論だった。

 

<4番打者が力いっぱい振った。思いきり目を見開いてバットを振ったにもかかわらず、かすりもしなかった。チームとしては、痛いかも知れないが、観客は納得する。「アイツがあれだけ鋭い振りをしても当たらない。相手はよいピッチャーだな」と思うファンもいる。「チクショー、くやしいな」と切歯扼腕するファンもいる。だがプロの戦いを見た満足感は残るはずだ>(自著『ネバーギブアップ』集英社)

 

 この本が出版されたのは1981年1月。巨人の監督を解任されたのが80年10月だから、その直後に書かれたものだ。『ネバーギブアップ』というタイトルに、復帰への強い意志がうかがえる。

 

 生前、節目節目で長嶋さんにインタビューしてきた。

 

 最も印象に残っているのは、92年のオフ、12年ぶりの監督復帰が決まった際に行ったものだ。

 

 長嶋さんに「一番好きなプレーは?」と問うと「ホームスチールです」と答え、こう続けた。

 

「(サインを出す方は)大変なリスクを負いますけど、あれほどスリルを感じるものはない。野球の一番のだいご味ですよね。もう、こればっかりはバントやエンドラン、バスターとは全く別世界のサインです。たとえ成功する確率は低くても、お客さんに与える感動の大きさが違うんです」

 

 長嶋さんは現役時代、ホームスチールを6回敢行し、2回成功している。4回も失敗しながら、スリルの虜になってしまったようだ。長嶋さんいわく「失敗は成功のマザー」である。

 

<この原稿は2025年7月7日号『週刊大衆』に掲載されたものです>

 

 

 

facebook icon twitter icon
Back to TOP TOP