第19回「野球界にも指導者資格を」ゲスト鳥谷敬氏
二宮清純: 今回のゲストは、プロ野球の阪神、千葉ロッテで活躍し、現在は野球解説者として活躍中の鳥谷敬さんです。
鳥谷敬: 本日はよろしくお願いいたします。
二宮: 鳥谷さんは2025年、アスリートのセカンドキャリア、中学校の部活動支援などを手掛けるNPO法人Kizunaを立ち上げました。そのきっかけは?
鳥谷: 一番の理由は、野球選手を含めたアスリートのセカンドキャリアの選択肢が少ないこと。例えばプロ野球選手は引退後、コーチや職員として球団に残るか、解説者になるか、飲食店を経営するかなど第二の人生は限られています。24年パリオリンピックを取材した際、様々な競技の選手たちに話を聞きました。アマチュア選手となると、所属していた企業に残って会社員となるか、指導者に転身するかと、選択肢はさらに狭まる。実績に関係なく、アスリートたちが自分の経験や能力を生かし、スポーツ業界に限らず社会と関われる機会を創出したいという思いでKizunaを立ち上げました。その中で中学校の部活動問題が表出してきた。私たちの活動で、アスリートと子どもたちをつなげる橋渡しができればいいと考えています。
伊藤清隆: それは素晴らしい。国が進めている部活動の地域展開は、平たく言えば学校から民間に部活動の指導の権限が渡されるということ。これまで競技の知識が全くなく、部活動指導を希望していない先生に指導されることほど、子どもたちにとって可哀想なことはありませんから、いい方向に進んでいると思います。
鳥谷: 学校によって、先生が絶対に何か部活動を担当しなければいけないところもあると聞きます。関西のある学校で、部活動の地域展開についてアンケートを採ったところ、「そのまま部活動を続けたい」という先生は約3割。残りの7割は「やらなくていいのなら無い方がいい」という結果でした。
二宮: 地域によって温度差もあるでしょうね。
伊藤: そう思います。日本の場合、自治権が強いので、国がガイドラインを設けても、実際にやるかやらないかは各自治体に委ねられています。首長がスポーツや部活動をどう捉えているかによっても全然違ってきます。
二宮: Kizunaが運営するスポーツ体験会などは、主に学校施設を使っているのでしょうか?
鳥谷: 基本的にはパートナー企業と組んでイベントを実施しているので、地域のグラウンドや体育館を使用しています。ある学校内でのイベントとなると、参加者が限られてしまいますし、参加したくないのに参加せざるを得ない人も出てくるかもしれない。我々のメインテーマは運動機会の創出です。野球を教えるというより、野球を体験してみる、サッカーを体験してみるという場を提供したい。
マルチスポーツの重要性
二宮: スポーツをする機会を増やすことが何よりも大事だと?
鳥谷: そうですね。専門的なことを教えるスクールは、他にもたくさんあります。私たちは単純に運動する機会が減っているのが良くないと考えています。
二宮: 日本は「この道一筋」が是とされる風潮がありますよね。まずはスポーツに親しんでもらい、そこから自分に合ったスポーツを見つけてほしいということですね。
鳥谷: もちろんです。アメリカのようにシーズン制を敷いて競技に取り組んでもいいと思います。私は中学からは野球一本にはなりましたが、小学生の時は野球以外にサッカー、柔道、バスケットボールも習っていました。月水金は柔道、火木はサッカー、土日は野球。学校のクラブではバスケットボールという具合に。私は小学生の頃に他競技を経験したこと。それが野球に生かされたという事例を、身を持って体感しました。たとえば野球の守備でダイビングキャッチした後、起き上がるのが速かったのは、受け身や体のバランス感覚を柔道で学んだからです。
二宮: なるほど。他にも野球に生きたことはありますか?
鳥谷: サッカーでは足の使い方を学びました。野球の内野手のフィールディングで、足運びが上手い人はだいたいサッカーが上手い。だから子どもから「内野守備が上手くなるにはどういう練習をしたらいいですか?」と聞かれたら、「サッカーをやってください」と答えています。逆にサッカー選手の場合、野球でキャッチボールやフライを捕る練習をすることで空間認知能力が養われ、浮き球の処理が上手くなる。
二宮: あるサッカー選手は、子どもの頃、野球をやっており、フライを捕る練習をしたことが空間認知能力の向上につながり、ヘディングが上手くなったと語っていました。
伊藤: おっしゃる通りですね。当社のスポーツスクールでも複数の競技を経験することを勧めています。そのためスクールの活動を1種目週1回として、複数のスクールを掛けもつことができるようにしています。
二宮: Kizunaの活動は主に関西で行なっているそうですが、鳥谷さんだから「野球だけを教えてください」と言われることもあるのでは?
鳥谷: たくさんありますね。親の方が熱量が高く、子ども自身はそんなに将来、野球でプロになろうとまでは思っていない。自分の人生で叶わなかった夢を、子どもに託しているようなケースはよく見受けられます。
失敗を重ねる意義
二宮: リーフラスではスポーツを通じて、非認知能力を伸ばすことを重要視しています。鳥谷さんもスポーツ体験イベントを開く上で、その点は大事にしていますか?
鳥谷: そうですね。今、学校の運動会で順位を付けないという話を聞きますが、やはり勝ち負けがあることで悔しさも味わえると思うんです。スポーツは、そこから立ち上がる術を学べます。
二宮: 全く同感です。
鳥谷: 今の子どもたちは映像で全てが完結してしまっています。例えばメジャーリーガーの大谷翔平選手の打ち方は、現在、片足を上げず、両足がほぼ地面に着いた状態ですが、そこだけを真似る子どもたちはタイミングを取るのが、往々にして下手なんです。大谷選手の場合、足を上げてタイミングを取れるようになり、そこから足を上げないフォームに変わった。実際は足を上げていませんが、頭の中では足を上げてタイミングを図っているはずです。しかし現在の「正解」の姿を見た子どもたちは、そこからスタートしてしまう。通るべきプロセスをスッ飛ばしてしまっているんです。
二宮: 成功体験はもちろん大事だけど、それ以上に失敗の経験が重要だと。
鳥谷: イチローさんは「遠回りが一番の近道」と言っていました。自らが失敗してつくり上げてきた型ではなく、他人の成功体験を真似るだけでは、本当の型は完成しない。
二宮: プロセスを大事にする--。リーフラスのスポーツスクールでも同じ考えですか?
伊藤: そうですね。当社はどんどん失敗しなさいという考えで取り組んでいます。とにかくチャレンジして失敗しても、またチャレンジする。その繰り返しで壁を乗り越えていって欲しい。だからチャレンジしての失敗には怒ったりしません。むしろ褒めるようにしています。
二宮: AIが発達していく中、今の子どもたちは何でも答えが出てくる。悩まないし、なるべく失敗しない方を選択する。でもスポーツは、基本的に失敗の連続です。野球でいいバッターの基準のひとつである打率3割にしても、10回中7回は失敗しているわけです。
伊藤: 私は非認知能力、物事をやり抜く力、協調性、課題解決能力などを身に付けるのにスポーツがベストなツールだと思っています。AIが発達してきた今だからこそ、スポーツの価値は一層上がる。スポーツは人間同士でなければ行なえないことですし、それを体験することで人格形成にもつながる。だからスポーツは今後も絶対に必要なものだと考えています。
練習より試合が大事
二宮: ところで最近は減ってきたと思いますが、昔は暴力を振るうような指導者も少なくありませんでした。
鳥谷: 少年野球で私が一番問題だと感じるのは、野球の基礎を知らない人が監督、コーチをしていることです。それは他の競技よりも多い気がします。未経験者に教えさせることが、子どもたちの成長の可能性を確実に狭めている。
伊藤: それは大きな問題ですね。専門的な知識を持った指導者が子どもたちを教える方向にシフトするためにも部活動の地域展開は、非常に意味のあることだと思っています。
二宮: 前回のゲスト、日本スポーツ協会(JSPO)の遠藤利明会長は、JSPOを中心にスポーツ指導員の国家資格化を検討していると話していました。野球にはライセンス制度がありませんが、鳥谷さんはどうお考えですか?
鳥谷: 部活もそうですが、野球にも絶対に必要だと思います。教える側に「指導者になりたい」という思いがあれば、資格取得に向けた努力をするはず。これまで野球は極端に言えば、現役時代に活躍した選手や名のある選手が監督、コーチのポストに就いていく。そうではない選手たちが、コーチングやマネジメントを学んだ上で指導者に就けるルートができればセカンドキャリアにつながると思うんです。学校の先生も部活動指導をしたければライセンスを取ればいい。ライセンス制度を導入することで、指導に熱意を持った人が集められるという意味でも、いいことだと思います。
二宮: Kizunaを立ち上げてから1年が経ちました。その経験を踏まえ、今後やってみたいことは?
鳥谷: 私は試合経験が大事だと思っていますので、大小関係なく大会を開く機会を増やしていきたい。サッカー元日本代表の本田圭佑さんも言っていましたが、日本のスポーツが世界で戦えるようになったのは、小中学生の頃からの試合経験が大きい、と。
二宮: 日本は練習に重きを置く指導者が多い。もちろん練習も大事ですが、何のために練習しているかというと試合で結果や成果を出すためでしょう。それに練習より試合の方が楽しい。
鳥谷: 極論を言えば、練習なしで試合だけでもいいくらいです。試合で勝ち負けを味わい、足りないところを練習で補う。結局、上手くなるのは試合ですし、試合でこそ次への課題が得られるんです。
二宮: 練習より試合が大事だという考えについて、伊藤さんは?
伊藤: 私も賛成です。リーフラスのスポーツスクールでは、補欠ゼロの全員レギュラーというルールにしていますから。試合を通じて感じる喜びや悔しさは、練習では得難いものです。
(鼎談構成・写真/杉浦泰介)
<鳥谷敬(とりたに・たかし)プロフィール>
1981年6月26日、東京都生まれ。聖望学園高、早稲田大を経て2004年、阪神に入団。05年に遊撃手として全試合出場を果たし、リーグ優勝に貢献。歴代2位となる1939試合連続出場を記録した。13年、日本代表としてWBCに出場。19年千葉ロッテに移籍、21年限りで現役引退。NPB通算2243試合、打率2割7分8厘、138本塁打、830打点。ベストナインは6度(遊撃手部門=08、10~11、13~15年)、ゴールデングラブ賞は5度(遊撃手部門=11年、13年~15年、三塁手部門=17年)受賞した。引退後は野球解説者として活躍。25年には、中学校の部活動支援などを手掛けるNPO法人Kizunaを設立し、子どもたちがスポーツに関わる機会の創出を目指している。
<伊藤清隆(いとう・きよたか)プロフィール>
1963年、愛知県出身。琉球大学教育学部卒。2001年、スポーツ&ソーシャルビジネスにより、社会課題の永続的解決を目指すリーフラス株式会社を設立し、代表取締役に就任(現職)。創業時より、スポーツ指導にありがちな体罰や暴言、非科学的指導など、所謂「スポーツ根性主義」を否定。非認知能力の向上をはかる「認めて、褒めて、励まし、勇気づける」指導と部活動改革の重要性を提唱。子ども向けスポーツスクール会員数、スクール数ともに4年連続国内No.1、部活動受託校数は2年連続国内No.1、支援部活動数も国内No.1(※1)の実績を誇る(2025年12月現在)。2025年10月、日本のスポーツ企業として初めてNASDAQに上場を果たす。社外活動として、スポーツ産業推進協議会代表者、経済産業省 地域×スポーツクラブ産業研究会委員、日本民間教育協議会正会員、一般社団法人日本経済団体連合会 教育・大学改革推進委員ほか。
<二宮清純(にのみや・せいじゅん)プロフィール>
1960年、愛媛県出身。明治大学大学院博士後期課程修了・博士(学術)。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。広島大学特別招聘教授。大正大学地域構想研究所客員教授。経済産業省「地域×スポーツクラブ産業研究会」委員。認定NPO法人健康都市活動支援機構理事。『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)『勝者の思考法』(PHP新書)『プロ野球“衝撃の昭和史”』(文春新書)『変われない組織は亡びる』(河野太郎議員との共著・祥伝社新書)『歩を「と金」に変える人材活用術』(羽生善治氏との共著・廣済堂出版)、『森保一の決める技法』(幻冬舎新書)など著者多数。
※1
*スポーツスクール会員数4年連続 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社の会員数で比較
・会員数の定義として、会員が同種目・異種目に関わらず、複数のスクールに通う場合はスクール数と同数とする。
*スポーツスクールスクール数4年連続 国内No.1
・スポーツ施設を保有しない子ども向けスポーツスクール企業売上高上位3社のスクール数で比較
・キッズ・小学生で分かれている場合は、それぞれを1スクールとする。
*部活動受託校数2年連続 国内No.1
・部活動支援事業売上高上位3社の2025年の受託校数を比較
*支援部活動数 国内No.1
・部活動支援事業売上高上位3社の2025年の支援部活動数を比較
株式会社 東京商工リサーチ調べ 2025年12月時点