第1220回 ボクシングWBC 採点公開で可視化される勝負の綾
WBA、WBC、IBF、WBOのボクシング主要4団体の中で、4回と8回終了時に採点を公開するオープンスコアリングシステム(OSS)を採用しているのは、メキシコシティに本部を置くWBC(世界ボクシング評議会)だけだ。
しかし、WBCが承認する世界戦の全てでOSSが採用されているわけではない。ボクシングの聖地ラスベガスでの興行を所管するネバダ州のアスレチックコミッションは、2006年11月に採用が決まったこの制度を受け入れていない。8回終了時点で大差がついた場合、リードしている側は安全運転に徹するのではないか。終盤の盛り上がりに水を差しかねない、というのが主な理由だ。
日本人ボクサーで、OSSを初めて経験したのはWBC世界バンタム級王者時代の長谷川穂積である。06年11月13日、ヘナロ・ガルシア(メキシコ)から2度のダウンを奪って判定勝ちを収めたのだが、「やりにくいなぁ」というのが実感だったという。「リードしていたら相手が出てくる。逆にリードされていたら今度はポイントを取り返すため、自分が出ていかないといけない。点差によってスタイルを変えないといけない。最初から最後まで一貫した戦いをしたい僕にとっては、歓迎できる制度ではなかった」
さる9月27日、王者・井上拓真が那須川天心を返り討ちにしたWBC世界バンタム級戦は、7回に見せ場が訪れた。開始20秒過ぎ、天心の矢のような左ストレートが拓真のアゴをとらえ、ダウンを奪った。ジャッジの採点は4回終了時点で、ふたりが拓真を支持していた。4ポイント差がひとり、2ポイント差がひとり、イーブンがひとり。このダウンが流れを変えるかに思われた。
だが王者は冷静だった。ロープを背負ってガードを固め、焦ることなく回復を待った。将棋でいえば、玉(急所)を囲う「穴熊」。試合後、拓真は「本当に集中したら、ロープ際では絶対に(パンチを)もらわないという自信があった」と語った。
天心も攻めあぐねたわけではない。固いガードを崩すには下から、とばかりにボディに連打を集中させ、体力を削りにかかった。仮にこの回に倒せなくても、次のラウンドにつながるのではないか。そんな予感を抱かせた。
ところが、天下分け目の8回を制したのは拓真だった。ギアを入れ直して攻勢に転じ、7回に失いかけた流れをもう一度引き戻した。
王者には、7回に続いて8回もポイントを失えば、試合の流れだけでなく採点の傾向も変わる。それを阻止するためには、ダウンのダメージは軽微であり、余力も十分あることをアピールする必要があった。
8回終了時点でのスコアは3ポイント差がふたり(拓真支持)、1ポイント差がひとり(天心支持)。ここにきての3ポイント差ふたりは大きい。リスクをとって難所を越えた対価だった。
OSSにより可視化される勝負の綾、それをどう手繰り寄せるか。選手のみならずコーナーマンの機転も求められるWBCの戦いは、陣営の戦略眼も含めて興趣に富む。
<この原稿は26年9月30日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>
