朝原宣治vs.井上悟――100メートル10秒の壁に挑む <前編>

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“10秒の壁”は、ついに破られるのか。この3月、桐生祥秀が米国の大会で追い風参考ながら100メートル9秒87の好タイムを叩き出した。これまで数多の日本人スプリンターたちが挑んだものの、公認記録での9秒台にはまだ誰ひとり到達できていない。1998年に伊東浩司がマークした10秒00の日本記録は、約16年半も更新されぬままだ。初の9秒台へ、桐生に向けられる周囲の期待は大きい。かつて100メートルの日本記録を保持していた朝原宣治と井上悟も、“10秒の壁”に挑戦した日本人スプリンターである。2人の韋駄天の物語を、18年前の原稿で紹介しよう。
<この原稿は1997年発行の『スポーツ名勝負物語』(講談社現代新書)に掲載されたものです>

 男子100メートルは特別な種目である。勝者は無条件に「世界最速の男」として歴史に登録されることになる。97年の時点で、世界記録はアトランタ五輪金メダリスト、ドノバン・ベーリー(カナダ)の9秒84。日本記録は朝原宣治(大阪ガス)の10秒08――。

 日本人選手にとって10秒の壁はとてつもなく厚い。しかしながら、これをわずかでも縮めるべく、アスリートたちは0.01秒の単位の戦いに身を置いている。

 私はかつて井上悟(ゴールドウィン)に訊いたことがある。
「競技者にとって100メートルは長いですか、短いですか?」

 彼は素直に答えてくれた。
「わずか10秒ちょっとのこととはいえ、走っている時のそれはものすごく長い。“まだかァ!”という気になりますよ」

 井上に限らず一流のスプリンターは、「わずか10秒ちょっと」の出来事を、まるでビデオテープをコマ送りにでもしているかのように克明に語ることができる。それは100メートルという競技それ自体が、ミリ単位の精緻な技術の濃縮によって成立しているからにほかならない。

 100分の1秒の世界に生きている、日本を代表するスプリンターの技術と精神を分析することで、100メートルの深淵に迫ってみたい。

 井上が10秒20の日本記録(当時)をマークしたのは91年5月の関東インカレだった。当時、井上は日大の2年生、故障明けのレースだった。スタートラインについた時には向かい風だったが、2回のフライングの間に追い風にかわるという幸運に恵まれた。

「ゴールして時計を見てびっくりしました。自己タイ(10秒38)は出したいな、と思って走ったところが10秒20。“ウソー、時計間違ってるワ”と思ったのが、最初の実感です。1年間ケガで走ることができず、その悔しさをためていたのが良かったのでしょう。走れなかった欲求不満が爆発したという感じでした」
 殊勝な面持ちで井上は語った。

 新記録の陰にはスタートの矯正があった。高校2年生の時、楠本幸夫(故人)という指導者から「もっとスタートを速くしたら、上に行けるぞ」というアドバイスを受けた。

 それまでは後ろに置いていたブロックをスタートラインに近付け、手の位置は両拳ひとつ分、内側に寄せた。これにより「目に見えるくらい遅かったスタート」が人並みになった。

 井上は述懐する。
 「最初は窮屈だな、と思っていたんですが、腰が立つようになったことで早く出られるようになった。腰の高さは走っている時とほぼ同じだから上下動の際のロスもない。
 スタートのピストル音は、ちょうどお尻で聞くという感じです。パン! と鳴った瞬間、ポンと後ろから追い立てられるようにして出る。これだとスムーズにスタートを切ることができる」

 それを受けて、日大短距離コーチの渕野竜生(神奈川県立霧が丘高教員)が説明する。
「スタートは45度の角度で出るのが理想的。今までの日本のランナーは、とにかく先に出ようとして、極端な話、胸を地面に平行にして頭から突っ込んでいっていた。文字通り地をはうようなスタートです。
 これだと確かに30メートルまでは速いが、足に負担がかかるため、そこから先が伸びない。メキシコ五輪の準決勝、飯島秀雄さんが50メートル付近までトップでいながら、後半伸びなかったのがいい例だと思います」

――ではベン・ジョンソンの代名詞でもあったロケットスタートは?
「あれはドーピングをしていたからできた芸当。参考にならないと思います」
 後続に影すら踏ませぬブッチギリの独走は100メートルの醍醐味のひとつだが、理論上はともかく、現実的には難しいようだ。

 さらに渕野コーチが続ける。
「スタートがレース全体に及ぼす影響の割合は5パーセント足らずです。たかだかその5パーセントにばかり神経を集中していたのが、今までの日本の陸上界。それよりももっと大切なのは加速です」

 では加速を得るにはどうすればいいのか。
 いや、その前に走るという行為について考えてみたい。それはすなわち接地と離地の連続性ということにほかならない。ならばそれをスムーズに、なおかつ迅速に行えばよい。

 しかし、いざ、それを具体的に説明するとなるとあまりにも感覚的なことゆえ骨が折れる。渕野コーチが実演してくれた理想の離地局面の状況を言葉に置きかえると、要するに正確なキックができれば足がきれいに振り抜け、その結果、限りなく円に近い軌道を描くことができるということ。

 反対に離地局面の状況が悪ければ足が流れ、軌道が楕円になってしまう。これは可動性にロスを生ぜしめる。つまり、タイムが上がらない。

 大学1年生時、井上は4回も太腿の肉離れに見舞われた。その原因を渕野コーチは「充分なキックができず、ハムストリング(太腿の筋肉)の力に頼り過ぎていたため」と見る。キックの不正確性が離地局面の状況悪化に結びつき、そのひずみが太腿にきていたというわけである。

 追求すべきはスタートではなく、接地と離地の合理性、つまり約50歩に及ぶ足と地面の対話なのか――。

 渕野コーチが言う。
「たとえ出だし10メートルでリードされてもまだ90メートルもある、とするのがアメリカ型。もう90メートルしかない、と考えるのがこれまでの日本型。実は100メートルという距離は決して短くないのです。
 また、それを長いものとしてとらえることで、いろいろな実験を試みることができるようにもなるのです」

 次にランナーを車に置きかえて考えてみる。ロー、セコ、サード、トップと4つのギアのうち、いかに速くトップに入り、それを持続できるかが勝負のポイントとなるわけだが、一般に日本人はスタートからロー発進で飛ばし過ぎるあまり、ギアの切り換えを困難にし、エンジン(身体)への負担を強くしてしまう傾向があった。

 野球の投手になぞらえていえば、初速が速く終速が遅いのが日本流、初速から終速にかけての差がそれほどないのが海外のトップランナーということになる。

 世界記録保持者のベーリーであれ、歴代の世界記録保持者ロイ・バレルであれカール・ルイスであれ、あるいはリンフォード・クリスティであれ、ゴール直前、さらにスピードが増すということはありえない。にもかかわらずそう見えるのは、他のランナーよりもトップスピードの落ち幅が少ないからである。

 トップスピードに入る地点はランナーによってまちまちだが、それを維持できるのはどんなランナーでも2秒が限度。そこから先は、いかに落ち幅を少なくするか。その研究がまさしく100メートルという競技の現在であり、走りの合理性と筋力の双方から見直しがはかられている。後半を制する者は100メートルを制する、という思想の具現化である。

 参考までにいえば、ルイスやバレルを育て上げたヘッドコーチ、トム・テレツ率いるサンタモニカ陸上クラブの思想がまさにこれで、この十数年間多大なる成果を上げ続けたことで“サンタモニカ学派”は100メートルの必勝バイブルとして完全に他の学派を駆逐した感がある。

 日本の陸上界をリードしてきた日大もそれを受け入れた。基本は加速、勝負はギャザー(まとめ)という把握の仕方である。この認識はどの大学、実業団でも主流になりつつある。

(後編につづく)
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