<最近の数年は誰よりも、このチームを取材してきた日本人記者として、筆者はここで断言したい。長期的視野で少しずつ前に進んできて、ついに機は熟した。2015年、メッツはプレーオフの舞台に戻ってくる。(中略)ナショナルズに誤算が続出した場合、2006年以来となる地区優勝に向かって突き進むこともあり得ない話ではない>
(写真:観客動員は増加し、マスコットのMr. Metも大忙し Photo By Gemini Keez)
<2015年、秋――。勝利に飢えてきたニューヨークの街に、ベースボールの熱狂が蘇る。その主役となるのは、スケールダウンに歯止めがかからないヤンキースではない。いよいよ収穫の季節に突入しようとしているメッツである>

 2015年第1回のコラムで、筆者がこう記したのを記憶しているだろうか。
 あれから半年以上が過ぎ、まずは想定通りの展開になっている(ヤンキースも好調で地区首位を走っているのは、やや予想外だが)。8月20日のゲームを終えた時点で、メッツはナショナルズに4ゲーム差をつけてナ・リーグ東地区の首位。過去6年連続シーズン負け越しを続けてきたチームは、久々のポストシーズン進出に向けて邁進している。

 マット・ハービー、ジェイコブ・デグロム、ノア・シンダーガード、ジョナサン・ニース、バートロ・コローンと続く先発陣は、8月中旬時点でリーグ3位の防御率をマーク。コローン以外の4人はすべて生え抜きであり、フレッシュな本格派投手陣は少しずつ全米から注目を集めるようになった。中でもデグロムは12勝6敗、防御率1.98、ハービーは11勝7敗、防御率2.57と好成績を残し、ニューヨークが誇る2枚看板として確立したと言ってよい。

 打線は低調だったが、本命視されたナショナルズが苦しんでいるのを見て、トレード期限前に計ったように補強を開始。ヨエニス・セスペデス、ファン・ウリベ、ケリー・ジョンソンらが加入したおかげで層は厚くなった。腰のケガに悩むデビッド・ライトも間もなく復帰予定で、コンテンダーにふさわしい陣容が整いつつある。
(写真:セスペデスの加入で打線の迫力は増した Photo By Gemini Keez)

 躍進を遂げるチームにはドラマもつきものだ。7月29〜31日にウィルマー・フローレスの身に起こった奇妙な出来事も、メッツの推進力となった感がある。 
 29日のパドレス戦中、フローレスを含む2選手がカルロス・ゴメスとの交換でブリュワーズへのトレードが決まったと米メディアが伝えた。その試合の7回1死、フローレスが打席に立つと、移籍報道を見た地元ファンが惜別のスタンディングオベーションを送る。そこでは遊ゴロに倒れたフローレスは、8回もそのままショートを守り続けた。

「メッツでずっとプレーしたいと思っていたから、エモーショナルになってしまった。スタンディングオベーションまでされて、堪えるのが難しかったんだ」
 後にそう振り返った通り、トレードを知った23歳の遊撃手は守備につきながら涙を流す。その映像はテレビカメラにとらえられ、記者席、お茶の間、スタジアムの一部のファンは騒然となった。

 結局、メッツ側がゴメスの体調を不安に感じたことが理由で、トレードは破談になった。しかし、ストーリーは終わらない。16歳からメッツで過ごしてきたベネズエラ出身選手の“チーム愛”に感動したファンは、以降もフローレスが打席に立つたびに盛大な拍手を送り続ける。

 そして、“幻のトレード”から2日後。1−1で迎えたナショナルズとの直接対決の延長12回裏、フローレスはサヨナラ弾を放ってドラマに終止符を打ったのだ。
(写真:フローレスの“涙のトレード”はニューヨークでは最大級の物語となった Photo By Gemini Keez)

「(記者席には)多くの優れたライターがいるけど、こんな物語は誰も書けないだろう。信じられないくらいだ。素晴らしかったよ」
 熱血漢のテリー・コリンズ監督も興奮して振り返った劇的な試合以降、メッツは7連勝、13戦中11勝と絶好調期間に突入する。このまま2006年以来の地区優勝を果たせば、“フローレスのドラマ”は今季最大のターニングポイントとして記憶されることになるのだろう。

 8月4週目開始の時点で、「Baseball Prospectus」はメッツの地区優勝確率を80.7%としている。プレーオフに駒を進めてきた場合、短期決戦で重要な速球派投手を数多く要するメッツは短期決戦でも怖いチームになる。快進撃は夢物語ではない。筆者の予言通り、ニューヨークに熱狂は戻ってくるのか?

 だが、勝利経験に乏しい選手が主体となったチームに、表面化していない不安材料も実はまだ山ほどある。若手投手たちの投球イニング数を少なめに抑えたいという事情がある中で、今後、少なからずローテーションを変えなければいけない点がどう影響するか? 復帰してくるライト、スティーブン・マッツは故障前同様に貢献できるのか? 現在のチームで最大の弱点と目されるブルペンに何らかの形でテコ入れできるのか?

 全体のバランスでは上のナショナルズとはあと6戦の直接対決を残しており、うち3戦は10月2〜4日のシーズン最終シリーズ。プライドをかけて挑んでくるパワーハウスの追撃を交わすのは容易ではないはずだ。

 ただ……少なくとも2015年のメッツが、ファンが熱くサポートしたくなる魅力的なチームになったのは事実である。何より素晴らしいのは、今季だけでなく、長い視野での成功も望めること。ハービー、デグロム、シンダーガードを3本柱に、マッツ、ザック・ウィーラーも加えた生え抜きの先発投手たちには、ニューヨークに新たな黄金期をもたらすだけのポテンシャルがある。
(写真:シンダーガード、デグロムの台頭のおかげで、今後3、4年は上位進出が望める Photo By Gemini Keez)

「(ファンの後押しは)素晴らしいよ。ニューヨークの街で勝利を手にするというのがどういうものか身をもって感じることができているんだ」
 コリンズ監督がそう語る通り、最近のシティ・フィールドには近年にない熱気が満ちあふれるようになった。特に7月31日〜8月2日までナショナルズに3連勝を果たした際のスタジアムの空気は、まるでワールドシリーズやNBAファイナルのよう。魅力のある選手を揃え、勝ち始めることによって、フランチャイズは確実に膨張しているのだろう。

 この良好なエネルギーを加速させることができるかどうかは、今秋のチームの頑張り次第。ハービー、デグロム、セスペデス、フローレスらの背中越しに、メッツのさらなる明るい未来がうっすらと見えてくる。 そのスリリングな上昇のプロセスから、もうしばらく目を離すべきではない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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