手にしていたのはバットではなくゴルフのドライバーのように見えた。ア・リーグのホームランダービーのトップを走る大谷翔平(エンゼルス)の34号は、低い軌道で本拠地エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムの右中間スタンドに突き刺さった。

 

 9回2死3塁の場面。3ボール2ストライクのからポール・シーウォルド(マリナーズ)が投じたウィニングショットは内角低めのスライダー。見逃せばワンバウンドしそうなボール球を、ほぼ真下からすくい上げた。あれを打たれてしまっては、ピッチャーはお手上げだろう。

 

 この一発で2ストライク後のホームラン数は13本にまで伸びた。34本中13本。実に3本に1本以上が追い込まれてからのホームランなのである。

 

 ちなみに2ストライク後のホームランはメジャーリーグデビューを果たした2018年と19年が4本、20年が3本。昨季は打席数が少なかったため、あまり参考にはならないが、年々勝負強くなっていることが窺える。

 

 追い込まれても打てる大谷――。その言い方で正解か。ここから先は仮説だが、大谷は早いカウントで狙ったボールがこなかった場合、あえて「追い込ませて」打っているのではないか。そう考えるのはバッター・イン・ザ・ホールからのスイングに迷いがないからだ。むしろ追い込まれてからのスイングの方がパワフルに映る。

 

 かつて日本球界に2ストライク後の打率が異常に高いバッターがいた。全盛期の落合博満である。2度目の3冠王に輝いた85年には3割7分4厘という驚異的な打率を残している。

 

 この事実に気付いた記録の大家・宇佐美徹也から、こんな話を聞いたことがある。「落合は追い込まれても打てるのではなく、追い込ませてから打っている」。要するにピッチャーのウィニングショットを待ち伏せし、それを狙い打っているというのだ。そうでなければ、2ストライク後、あれだけの高打率を残せるはずがない。

 

 さて、日本野球とメジャーリーグを比較した場合、後者の方がピッチャーの投じるウィニングショットは一定している。18・44メートル先の敵を牛耳りにかかるボールの威力は半端ではないが、あらかじめ軌道が読めるため、それに力負けしないスイングさえ有していれば、待ち伏せの網にかかりやすいとも言える。314打数で34本もの“大漁”の秘密は、どうやらそこにありそうだ。

 

<この原稿は21年7月21日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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