二宮清純: ゆたかカレッジで学生たちに指導するスタッフは、免許や資格は必要なのでしょうか?

長谷川正人: 基本的に免許や資格の保有は必須としておりませんが、スタッフの9割以上が教育または福祉の有資格者で構成されています。教員経験者が59%、福祉現場経験者が36%と、8割以上が教育または福祉の現場経験者です。採用については、全国から毎月60人くらいの応募があります。私たちの「知的障がいのある人に学びの機会をつくりたい」という理念に共感して働きたいと思ってくれる人が多い。理念が同じなので、スムーズな運営にもつながっているのだと思います。

 

伊藤数子: 授業風景を見学させていただきましたが、まさに学校という雰囲気でした。

長谷川: そこが福祉サービスの事業所とは違うところかもしれません。

 

二宮: カリキュラムは独自のものでしょうか?

長谷川: はい。数年は手探り状態でカリキュラムを変えていきました。最初の6年で支援教育要領という学習指導要領のようなものを作成しました。科目ごとに、その内容や狙いを明記しています。さらに他でノウハウを学びたいと思いましたが、国内では同様のことをやっている施設がありませんでした。そこで、海外視察を行い、知的障がいのある人を受け入れている大学のカリキュラムを参考にし、ゆたかカレッジの授業に採り入れてアップデートしていきました。

 

二宮: 他にはない事業なんですね。

長谷川: 仕組みが似ているところはありますが、中身が違うと思います。

 

伊藤: 私は福祉のことは詳しくありませんが、サービスを受ける人がやりたくないことはやらない印象があります。例えば絵を描こうとなった時に、その人が「嫌だ」と言ったら描かせない。ゆたかカレッジは教育重視ですから、そこは違うのですよね?

長谷川: おっしゃる通りです。ゆたかカレッジでは教育のスペシャリストと福祉のスペシャリストが2人1組で1クラスを担当します。そうすると両者がぶつかるんです。教育畑の人は、成長させるのが仕事なので、時に負荷をかける。できないことでも「頑張れ」と声掛けをする。一方、福祉畑の人は受容することが大事という考えを持っている。本人の意思を尊重しましょう、と。そのため学生への対応について意見が対立する。面白いのは、ただ対立するのではなく化学反応が起きることです。

 

二宮: 化学反応とは?

長谷川: 教育畑の人は、福祉畑の人が持つ障がいのある人に対する知識、支援の仕方を学び、一方、福祉畑の人は教育畑の人から“全受容だけでは成長しない”と知る。お互いが変わり、“できるところまでは頑張ろう”という指導法になるんです。

 

 非認知能力の重要性

 

二宮: 学生だけでなく教職員も成長しているということですね。ゆたかカレッジは就労のために必要な学びとして、「人生を楽しむ力」「伝え合う力」「逆境に立ち向かう力」の3つの力を挙げていますね。カレッジでの集団生活を通じ、非認知能力をどう育んでいくかを大事にしている、と。

長谷川: 社会に適応し、自分の居場所をつくり、幸せに生きていくためには非認知能力が必要です。知的障がいのある子供たちの多くは高等教育を経験せず、子供のまま社会に放り出されてしまう。子供から大人に変わるプロセスがないため、離職率が高くなってしまうという社会課題があります。ゆたかカレッジでは1、2年生を同じクラスにしています。1クラス10人から12人で、学年の割合は半々です。1年生は2年生に教わりながら成長していく。1年生が2年生となり、今度は教える立場に変わる。その立場の変化に悩み、成長できる。そのプロセスが非認知能力を育むんです。就労移行のためのトレーニングだけでは、仮に就職できたとしても人間関係でつまずくことがある。だからこそ、ゆたかカレッジの卒業生は、離職率が低いんです。

 

伊藤: ゆたかカレッジでの生活を通じ、カレッジの教育方針である「社会への適応力を身につける」ということですね。大学の中に知的障がいのクラスがあれば、いろいろな人と触れ合うことができます。法定雇用率ならぬ法定就学率を定めてもいいかもしれませんね。

長谷川: そうですね。EU諸国には障がいのある人を5%は受け入れないといけないという法律があるんです。海外で知的障がいのある人を受け入れている大学の話を聞くと、他の学生や先生側も障がいのある人からの学びがあるといいます。一般学生と障がいのある学生がペアを組むメンター制度というものがあり、それが互いの成長を促す効果がある。大学の教授も授業が上手くなるらしいんです。

 

伊藤: 今後に向けてはどのような目標を?

長谷川: 現在は関東を中心に展開していますが、これから愛知、京都、奈良、大阪、兵庫とキャンパスの数を増やしていきたいと考えています。知的障がいのあるお子さんを持つ保護者の方が「ゆたかカレッジ誘致プロジェクト」を推進してくださることで、各地にキャンパスが広がっていく。熱心な親御さんたちの声に私たちは力をもらっています。カレッジが少しでも増えることで、学ぶことを諦める世の中から、選択できる世の中へ変わっていくことを願っています。

 

(おわり)

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長谷川正人(はせがわ・まさと)プロフィール>

株式会社ゆたかカレッジ代表取締役社長。1960年、福岡県出身。1983年、日本福祉大学社会福祉学部卒業、2012年同大学院社会福祉学修了。入所施設指導員として7年間勤務した後、1991年に社会福祉法人「鞍手ゆたか福祉会」を設立。2009年より同法人の理事長に就任した。2017年に株式会社ゆたかカレッジを設立し、現職に。知的障がいのある人たちに高等教育の機会を保障するため、全国にゆたかカレッジを拡大中。現在、東京、神奈川、千葉、埼玉、静岡で11校のゆたかカレッジを運営している。主な著書に『知的障害者の高等教育保障への展望』(クリエイツかもがわ)がある。

 

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