権力の座に固執するとロクなことはない。人間、引き際が大切である。反面教師として、そのことを如実に示したのが、現在「機能性胃腸障害」で入院中の安倍晋三首相である。


 先の参院選で自民党は歴史的大敗を喫した。首相は党首討論で「私と小沢さん、どちらが総理にふさわしいか、国民の考えをうかがう」と大見えを切りながら、総理の座に居座った。これには野党のみならず与党内からも批判が続出した。それでも「基本路線は多くの国民の理解をいただいている」と強がった。

 その舌の根も乾かないうちに首相は辞任を表明した。テロ対策特別措置法に基づく海上自衛隊の給油活動の延長にからみ、民主党・小沢一郎代表に会談を申し込んだものの断られたことを辞任の理由のひとつにあげた。その姿は恋人に門前払いされた彼氏のように未熟でひ弱だった。これが戦場なら「敵前逃亡」である。

 なぜ参院選直後に職を辞さなかったのか。「敗軍の将、兵を語らず」とでも言って身を退いておけば、もしかして「次」があったかもしれない。しかし、もう無理だろう。所信表明演説直後に政権を放り出した、そのあまりの無責任さを国民は決して忘れまい。

 近年、プロ野球の世界において出所進退が最も鮮やかだった指揮官といえば、星野仙一現日本代表監督だろう。その2年前にリーグ制覇を果たしながら、「ひとりの人間が長い間、権力の座に座り続けるものはいかがか」と言って中日を退団し、わずか3カ月後にライバル球団の阪神監督に就任した。「迷ったら動け」は流行語にまでなった。

 2年目にしてチームを再建、ダメ虎を猛虎に復活させた。その年、惜しまれながらユニホームを脱いだ。地位に恋々としていたら今の立場はあるまい。ご当人は「日の丸を背負うのは、もっとしんどい仕事や」と言うかもしれないが…。

 ヤクルトの古田敦也選手兼任監督が今日にも現役引退と監督辞任を発表する。1年目こそ3位だったが今季は最下位争い。2年契約の最後の年。どんな監督も結果責任からは逃れられない。

 ツバメ一筋18年。90年代から2000年代にかけての5度のリーグ優勝、4度の日本一は彼なくしてはありえなかった。球界再編の際の選手会長としての手腕も見事だった。本当にお疲れさま。進退の判断を誤らず、潔く身を退いた貴兄には捲土重来を期す資格がある。

<この原稿は07年9月19日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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