今季MLで最大のサプライズチームはどこかといえば、シアトル・マリナーズだったのかもしれない。
 イチロー、城島健司という2人の日本人プレーヤーを抱えるマリナーズは、過去3年間は連続で負け越しレコード。さしたる補強のなかった今季も低迷は必至と思われていた。
 だが蓋を開けてみれば、今年は本格的な秋も近づいたこの時期まで、プレーオフ争いにしぶとく生き残り続けてきた。他地区で首位に立っているのは本命チームばかり。それだけに、彼らの健闘はひときわ際立って見えたのだ。
 しかし、迎えた9月上旬―――。ヤンキース3連戦のためにニューヨークを訪れたマリナーズは、ここで1勝2敗。
 それ以前に9連敗していたのと併せ、ここ12試合で11敗。この時点でワイルドカード争いトップを走るヤンキースに3ゲーム差を付けられ、脱落寸前と言える位置にまで落ち来んでしまった。MLBを驚かせた快進撃も、どうやらここまでに思える。
 もっとも、終わってみれば(終わりに近づいて(?))、これも実力通りの結果と言えたのだろうか。
 実際にヤンキースタジアムで目前で顔ぶれを眺めても、独特のオーラを漂わせたイチロー以外、マリナーズのロースターは失礼ながらとてもプレーオフレベルのものには見えなかった。
 打撃陣では、本塁打はエイドリアン・ベルトレの21本が最高。90打点以上挙げている選手は1人もいない。ホセ・ビドロ、ラウル・イバネスらしぶとい打者もいるにはいるが、全体的に駒不足で迫力に欠ける感は否めない。
 投手陣を見ても、チーム内最多勝はジャーニーマンのミゲル・バティスタ。エースと言えるフェリックス・ヘルナンデスを除けば、そのバティスタにせよ、ホラシオ・ラミレス、ジャロッド・ウォッシュバーンまで含め、先発は2線級ばかり。
 マリナーズが属するアリーグ西地区は決して弱いディヴィジョンではない。その中に入って、このチームが良くここまで勝てていたものだ。この3試合のマリナーズを見ながら、そういった感想を抱かずにはいられなかった。

 そんなパンチ不足のチームをここまで押し上げて来たのは、「内野守備」「ケミストリー」「ブルペン」といった他のチームでは二次的と考えられがちな要素だった。そして何より、イチローの縦横無尽の活躍も大きかった。
 しかしヤンキースとの3連戦では、快勝した第1戦を除き、それらの長所もほとんど表には出て来なかった。
 ジョン・マクラーレン監督は「ケミストリーに裏打ちされた集中打がウチの売り物」と盛んに語り続けて来たが、このシリーズ第2、3戦では何度も訪れた得点チャンスにマリナーズの主力打者はほぼ完全に沈黙した。
 強力と言われたブルペンもヤンキースの強打線に打ちのめされた。自慢の内野守備にしても、第3戦では同点の大事な場面で二塁手からエラーが飛び出した。結局、シーズン中盤までは勢いと二次的要素で勝ち進めても、底力がものをいう勝負所では絶対的な総合力が足りなかったということになるのだろう。
「私たちは悪いタイミングで不調に陥ってしまった。ウチは波の大きいチームといえるのかもしれないけれど、そうならば再び持ち直す可能性だってある。これから先に好調を取り戻せれば良いのさ」
5日の試合で先発したジャロッド・ウォッシュバーンはそう語り、務めて明るく振る舞っていた。
 しかし実際には、この時期に9連敗を喫するようなチームが、プレーオフに進むに相応しいとはやはり到底思えない。特に、頼りない先発投手陣をカバーするために酷使されて来たブルペンは、ここに来てガス欠を起こしたと考えるのが妥当。これから先に上向くとは考え難い。

 そんな中で唯一の希望は、チーム全体としては格の違いを見せつけられたヤンキースとのシリーズでも、ただ独り輝きを見せていたイチローだ。
 この3試合で12打数5安打。シリーズ中には「ニューヨークタイムズ」紙が「彼はリーグ内で5本の指に入る選手」というホルヘ・ポサダの談話を紹介するなど、ニューヨークでもイチローの存在は別格扱いされていた感がある。筆者の目からも、イチローが打席に入ったとたんにヤンキースタジアムの風は変わったように見えた。
 真のスーパースターとは、プレーオフ争いが最高潮に達したこの時期に、時に超人的な活躍を見せてチームを導いて行くもの。マリナーズでそれができるのはイチローしかいない。まだ、3ゲーム差。ここから逆転があるとしたら、日本が生んだ天才打者がこれまで以上の打棒で起爆剤になっていくしかないだろう。
 しかし逆に言えば、そんな奇跡に一縷の望みを託さねばならない地点まで、マリナーズは追い込まれてしまったとも言える。いかにイチローが優れていようと、ここから先に「これまで以上」を期待するのは、やはり酷か。

 2007年――。日米で話題を呼んだマリナーズのミラクルランも、残念ながら志半ばにして潰えようとしている。
 9月5日の試合後、足取り重くヤンキースタジアムのクラブハウスを去るマリナーズ選手たちの姿が切なく見えた。イチローの夏も、終焉は近い。

杉浦 大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。


※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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