第97回 ヤンキースの好調は「我慢」の産物

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 夏場に差し掛かり、ヤンキースが猛然とした勢いで勝ち始めている。
 今季は開幕から不調で、一時は首位に14ゲーム、ワイルドカードにも8、5ゲーム差も付けられた。しかしオールスター以降は破竹の勢いで、なんと24勝9敗(8月14日まで)。このままいけば、ワイルドカード奪取のみならず、首位レッドソックスを抑えて地区優勝を飾っても、もう誰も驚かないだろう。
(写真:夏に来て絶好調の松井秀喜とヤンキース。逆転地区優勝も視界に入って来た)
 その要因となったのは、このチームとしては極めて異例のことなのだが、イキの良い若手選手たちの台頭だった。
 打撃陣ではロビンソン・カノー(24歳)、メルキー・カブレラ(23歳)、シェリー・ダンカン(27歳)、投手陣からはフィル・ヒューズ(21歳)、ジョバ・チェンバレン(21歳)といったヤングガンが続々と表舞台に登場。それぞれ今季中に印象的な活躍をみせて、生え抜きスターに飢えていたニューヨーカーを喜ばせている。

 昨季に3割4分2厘を残していたカノーの評価はすでに高かったが、ここ2ヶ月間は猛然とした勢いで打ちまくっているカブレラの上昇は嬉しい誤算だった。穴の大きいダンカンは、今後はたいした活躍は望めないだろう。しかしメジャー昇格後8試合で5本塁打を放ちチームに勢いを付けた意味は大きい。
 MLB最大級のホープと呼ばれて来たヒューズは評判通り「未来のエース」となれそう。そして何より、ダイナマイト級の持ち球でスタジアムを湧かせるチェンバレンは、ジョー・トーリ監督が長く探し求めて来たマリアーノ・リベラへの橋渡し役として最適の素材である。

 これまでのヤンキースは、こういったルーキーたちをトレード要員としてしか見て来なかった。有望株を放出して名前だけの元スターばかりをかき集め、結果としてチーム全体の老朽化を招いてしまっていた。だが、今季はエリック・ガニエ(レンジャーズ→レッドソックス)、マーク・テシェイラ(レンジャーズ→レッドソックス)らの獲得を自重。目先の「実績」を買いに走るより、「将来」を見据えて我慢する方を選んだのだ。

(写真:ヤンキースタジアムも生え抜きホープたちの台頭に湧いている)
 地元紙「ニューヨーク・デイリーニューズ」の報道によると、ブライアン・キャッシュマンGMは「例え今季にプレーオフを逃してでも金の卵たちをキープする」方針だったのだという。キャッシュマンも、彼らの可能性には自信を持とうとも、これほど早くブレイクするとまでは思わなかったのだろう。
 しかし、チーム首脳が久方ぶりにみせた「我慢」は、それほど待たずとも実を結び始めた。同時に、ヤンキースも急浮上を始めたのである。

 一方、今シーズンは宿敵レッドソックスがトレード期限にガニエを獲得。そのガニエが結果を出せずにチームも失速しているという点で、ヤンキースの近況とは対照的だ。この交錯が鍵となって、今季序盤から突っ走って来たレッドソックスを終盤にヤンキースが捉えるという構図も十分に想定できる。
もっとも、ヤンキースの良い流れがこのまま最後まで続くとも限らない。失うもののない若手たちは、ここまではがむしゃらに突っ走って来れた。だが、プレーオフ出場権をかけた本物の戦いはこれから始まる。

 カブレラやダンカンは、真の好投手たちとの対戦でも粘りを見せられるか? 故障上がりのヒューズは秋までローテーションを守れるか? 荒馬チェンバレンを秋の勝負所でも信用して使い続けられるか?
 プレーオフへ向けた戦いでは、ベテランの経験がものを言う場合が多いのも事実。いまは不調とは言っても、秋が来て、ガニエがレッドソックスにとってのディファレンスメーカーになっても不思議はない。そもそも、彼はそのためだけに獲得されたのだから。

(写真:若手の筆頭格・ロビンソン・カノーも相変わらずの打撃センスを見せつけている)
 いずれにしても、例年とはやや毛色の違う、それゆえに興味深いマッチレースがこれから始まろうとしている。逃げるボストン、追うニューヨーク。惜しげもなく金をつぎ込むレッドソックス、未知数の若さに賭けるヤンキース。
 もしも「我慢」で世界一が勝ち取れれば、名門ヤンキースの歴史に新たな1ページが加わる。それが成れば、これまでと別の形での成功例が生まれるという意味で、フランチャイズにとって重要なターニングポイントとなるのだろう。

 未来は今――ヤンキースにとって、今季の行方だけでなく、未来の方向性までもが、躍り出たヤングガンたちの両肩にかかっていると言えるのである。


杉浦 大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

※杉浦大介オフィシャルサイト Nowhere, now here
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