目に飛び込んできたのは異様な光景だった。5年に1度の中国共産党大会閉幕式。最高指導部候補の選出が終わり、テレビカメラの入場が許された直後のことだ。

 

 習近平総書記(国家主席)の左隣に座っていた胡錦濤前総書記の腕を係員が抱え、退席を促そうとする。胡氏は不服そうな表情を浮かべ、席から立っても動こうとしない。やがてもう一人の係員が、腕をたぐるようにして連れ出しにかかる。その際、険しい表情で習氏に一言二言話しかけた。何事かを諫言しているようにも映った。続いて習氏の右隣に座っていた団派(共産主義青年団)の後輩で、党の最高指導部から外された李克強首相の肩をポンと叩いた。一強体制を確立した習氏の手前、李氏は胡氏に声をかけられたくなかったようだ。表情は明らかに強張っていた。

 

 胡氏が退席した直後、党規約の改正案など重要議案はすべて全会一致で可決された。一部には胡氏が残っていたら異議を唱える可能性があり、事前に防ぎたかったのではないか、との指摘もある。新華社通信は「体調不良」を退出の理由にあげているが、それなら係員はもっと丁重に扱うべきだ。いずれにしても国家の最高意思決定機関において、“老いの一徹”を示した胡氏がメディアの前に姿を現すことは、もう2度とないだろう。中国とは、そういう国である。

 

 2期10年とする国家主席の任期を撤廃し、異例の3期目に突入する習氏は、さらなる長期政権をも視野に入れているという。ここまでくると、ほとんど“終身指導者”である。建国の父・毛沢東を超えたいという野望があるのかもしれない。文化大革命の轍を踏まなければいいが……。

 

 先の北京冬季五輪を通じて習氏との関係を、より親密なものにしたIOCトーマス・バッハ会長にも「3期目を狙っているのではないか」との噂が絶えない。IOC会長の任期は1期8年で、一度だけ再選が認められている。2期目は4年、すなわち最長で12年間、トップの座にとどまることができる。バッハ氏は2013年9月、ブエノスアイレスでのIOC総会で第9代会長に選出され、21年3月、オンラインでの総会で続投が決まった。任期は25年までだ。しかし、IOC総会において規約を変えれば、再延長も可能となる。次の総会は来年秋、インドのムンバイで行われる予定。

 

 なぜバッハ3期目説がくすぶるのか。それは2選目の投票結果にある。対立候補はなく、信任投票で94票中93票の支持を得た。これでバッハ体制は盤石となった。コロナ下での東京夏季五輪、北京冬季五輪を自分以外の誰が成功させられたか、という自負が彼にはあるという。有力な後継候補も見当たらない中、IOC内でのバッハ氏の習近平化は避けられそうにない。

 

<この原稿は22年10月26日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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