日本から約8100キロ離れたカタールで行われているサッカーW杯。レフェリーが両手で四角のかたちをつくると、心臓がキュッとなる。まるでウソ発見器にでもかけられているような気分だ。あれは体に悪い。

 

 前回のロシア大会から導入されたビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が今大会でも話題を集めている。半自動のオフサイド判定システムは今大会から採用された。アルゼンチンがサウジアラビアに1対2で敗れた試合では、アルゼンチンのFWラウタロ・マルティネスのゴールがVAR判定の結果、オフサイドと見なされ、取り消される一幕があった。わずか“腕一本分”前に出ていたという。「あのくらい目をつぶってやればいいのに…」と個人的には思うが、“動かぬ証拠”を突き付けられた以上、文句を言っても始まらない。

 

 しかし、これはどうにかならなかったか。サウジアラビア対ポーランド戦の前半44分、VAR判定で得たサウジのPK。ポーランドMFクリスティアン・ビエリクがサウジFWサレハ・シェヘリに体を寄せると、大げさに倒れ込んだ。VARの結果、ビエリクのファウルと判定され、PKに。GKヴォイチェフ・シュチェスニーが右手で止め、事無きを得たが、私がポーランド人なら、腹が立ってこの夜は眠れなかっただろう。

 

 VARはサッカーの味方なのか敵なのか。ここは専門家に聞くしかない。2010年南アフリカ大会、14年ブラジル大会で主審を務めた西村雄一は「僕なら」と前置きをして、こう答えた。「このレフェリーと同じくノーファウルと判定していたと思います。ビエリクの接触はあくまでも自然な足の運びによるもので、相手を蹴ろうとしていません」。では、なぜブラジル人レフェリーはオン・フィールド・レビューの結果、ファウルと判定したのか。「手順として、まずVARから主審に無線で確認の連絡が入ります。“PKの可能性がありますよ”と。確かにビエリクが後ろからサウジの選手のふくらはぎを蹴っているように見えます。しかし私の目にはサウジの選手が相手の前に足を伸ばし、ボールの方向を変えたことによって接触が起きたようにも映る。それをVARに伝えることで、そう判断されればチェック・コンプリート(完結)になった可能性もある。あくまでも最終的な決定を下すのはレフェリーですから」

 

 先の問いに対する西村の答えは、前者(味方)だ。「僕はVARのシステムがフェアプレーを推進してきたと考えています。今大会、クリーンな試合が多いのは、選手がフェアに戦うことを選んだから。ズルイことをやり、映像により後で暴かれたら叩かれる。チームに迷惑をかけ、自分の評判も落ちる。それが映像を確認できるSNS環境下での新しいサッカーですよ」。サッカーは世につれ、世はサッカーにつれ…。

 

<この原稿は22年11月30日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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