前回の2018年ロシアW杯で準優勝を果たしたクロアチアは、ラウンド16でデンマークを、準々決勝ではホスト国のロシアをPK戦の末に下している。その残像のせいか、PK戦に突入した瞬間、嫌な予感がした。VARは心臓に悪いが、PK戦はその比ではない。海外ではPK戦の最中に心臓発作に襲われ、死亡した例も報告されている。

 

 残念ながら日本は10年南アフリカ大会に続き、今大会もPK戦で敗れ、ベスト8進出への“4度目の正直”はならなかった。「PKは運か訓練か?」と試合後に問われた監督の森保一は「両方ある」と前置きした上で「強く狙ったところに蹴られるから駆け引きができる」「日本サッカーのレベルアップのためには、ひとつのポイントとして改善していかなければいけない 」と語った。W杯で上位を窺う上で、難渋ではあるが、PK戦対策は避けては通れない課題である。

 

 目標の「ベスト8」にこそ到達できなかったが、1次リーグでW杯優勝4回のドイツ、同1回のスペインを逆転で下した森保ジャパンは、私たちに「新しい景色」を見せてくれた。ドイツ戦のゴールは後半30分と38分、スペイン戦は後半3分と6分。同点弾と逆転弾を前者は8分間、後者は、わずか3分の間に集中して叩き込んだ。両大国は、これまで経験したことのない日本特有のラッシュアワーに巻き込まれたような錯覚に陥ったのではないか。為す術もなく呆然と立ち尽くす巨人たちの姿を、少なくとも日本戦においては初めて見た。確かに、それは「新しい」、いや「珍しい」景色だった。

 

 象徴的だったのは、スペイン戦の後半3分の同点ゴールだ。「あそこはオレのコース」。そう言って左足を振り抜いた堂安律はさすがだが、まるで猟犬のような前田大然の最前線からのチェイスがなければ、あれは生まれなかった。三笘薫の“1ミリ”の折り返しによってもたらされた田中碧の決勝点も、先に飛び込んだ前田がダミーの役割を果たしていた。前田のスプリント数は、この日チーム最多の60を記録した。

 

 スプリントといえば、五輪の男子100メートルにおける日本人ファイナリストは32年ロス五輪に出場した吉岡隆徳以来出ていない。64年東京五輪、68年メキシコ五輪でメダルが期待された飯島秀雄は、いずれも準決勝で敗退したが、どの写真を見ても50メートルまではトップだった。飯島は「前に進まなくなるのは70メートル付近から。50メートルまでなら負けたことがない」と豪語していた。日本人はダッシュ系が得意なのだ。

 

 今大会の森保ジャパンは高速スプリンターを要所要所で適宜起用してラッシュアワーをつくり、欧州の大国に一泡吹かせた。リアクションの芸といえばそれまでだが、W杯で日本が獲得した貴重な戦術資源であることは間違いない。問題は、それをどう洗練させ、再現性を高めていくか。「チェンジではなくアップデートを」という権田修一の主張に一票を投じたい。

 

<この原稿は22年12月7日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


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