昨年10月から11月にかけてニュージーランドで行われた女子ラグビーW杯、日本代表(サクラフィフティーン)はプール戦3連敗で敗退した。だがイギリス・ラグビーワールド誌(RW)による大会ベストフィフティーンに、サクラフィフティーンのスクラムハーフ(SH)阿部恵が選出された。

<ニュージーランドで阿部ほどRWの注目を集めた9番はいなかった>

 

 新型コロナウイルス感染拡大により1年延期されたW杯は、世界ランキング12位のサクラフィフティーンにとって、カナダ代表(同3位)、アメリカ代表(同6位)、イタリア代表(同5位)という格上との対戦となった。阿部はいずれも背番号「9」を付け、精力的に動き、テンポ良くパスを配球し続けた。2戦目のアメリカ戦では自身代表初トライを挙げ、持ち前の負けん気を攻守で発揮した。

 

 昨年12月、埼玉県熊谷市を拠点とするARUKAS QUEEN KUMAGAYA(アルカス熊谷)でプレーする阿部に話を聞きに、雪が舞う熊谷市内のグラウンドを訪ねた。この日は一般にも公開された練習とあり、穏やかな雰囲気に包まれていた。ゲーム形式の練習が始まると阿部は、舞い落ちる雪を切り裂くようなパスを配球し続けた。「一番意識していること」というパスを出した後のフォロースルー。その手からパスの受け手に見えない線が引かれるようだった。

 

 ラグビーワールド誌のベストフィフティーン選出について「身体が小さくて目立っていた部分があった」と本人は謙遜した。自身初のW杯出場を振り返ってもらうと、「結果が残せなかったことはすごく悔しかった」と口にする。

「高校生の時に“日本代表になる”と目標を立てて、W杯という大きな舞台に立つことができた。自分の弱さを知れましたが、いい経験をできたと思っています」

 

 ニュージーランドの地で知った自分の弱さとは。

「私は断トツで身体が小さい。フィジカルの部分で全く通用しなかった。スピード、スキルを同じポジションの世界レベルの人と比べれば、差があると知りました」

 身長は147cm。インゴール付近では阿部のポジションを狙って大柄な選手たちが突っ込んでくる。実際にそのままゴールラインを割られる場面もあった。ラックからボールを出そうとする時もスキがあれば、弾き飛ばされることも。それでも何度でも立ち向かっていった姿が印象的だった。

 

 名SHに似た負けん気の強さ

 

 自らの武器である「パスのスピードやテンポアップするところ。ディフェンスでもアタックでも強気でいくというのは毎回の試合、練習から思っています」という点は遺憾なく発揮された。ラグビーワールド誌でも<素早く滑らかな手捌きは日本のゲームの特徴であり、阿部はFWとBKをリンクさせた><彼女には競争心がある。ワールドカップ最小のプレーヤーであるにもかかわらずフィジカルのぶつかり合いに喜んで立ち向かっていった>と評価された。

 

 彼女が所属するアルカス熊谷の三宅敬ヘッドコーチ(HC)に阿部恵評を詳しく聞いた。

「プレー面で言えば速いパス捌きができること。その速い捌きの裏付けとなっているのが、相手ディフェンスを立体的に見えているからです。ただ捌いているだけでなく、相手の嫌なところに目線を持っていてディフェンスを一瞬止めて捌く。決してパス一本槍というわけではありません。守る側とすれば、嫌なSHだと思いますね」

 

 ではメンタル面はどうか。

「負けず嫌いなところ。じゃんけん一つとっても勝つことに執着していると感じます。“勝ちたい”“強くなりたい”“上手くなりたい”というマインドが備わっている」

 現役時代、三宅HCは主にウイング(WTB)として、伏見工業高校(現・京都工学院高)、関東学院大学、三洋電機ワイルドナイツ(現・埼玉パナソニック ワイルドナイツ)などの強豪でプレーしてきた。当然、代表クラスのSHもたくさん見てきたはずだ。

 

 ジャパン通算4キャップを記録した三宅HCに「過去に出会ってきたSHだと、誰に似ていますか?」と尋ねると、NECグリーンロケッツ東葛の田中史朗の名が返ってきた。三宅HCとワイルドナイツでチームメイトだった田中はW杯3大会に出場し、代表通算75キャップを誇るSHである。

「負けん気の強さは史朗そっくり。それだけ努力もしますし、自分の勝ちたい思いをいかに実行し、結果を出すところが似ています」

 

 愛媛県北条市(現・松山市)出身の阿部は小学4年時に地元のラグビースクールで競技生活をスタートした。ポジションはSH。根っからのSHは、どのように育ち、楕円球と出合ったのか――。

 

阿部恵(あべ・めぐみ)プロフィール>

1998年4月28日、愛媛県松山市出身。小学4年時に北条ラグビースクールで競技を始める。北条北中学、石見智翠館高校、立正大学を経て、アルカス熊谷でプレー。19年7月のオーストラリア代表戦で日本代表初キャップを記録した。22年に行われたラグビー女子W杯ニュージーランド大会に出場、3試合スタメンでプレーした。イギリス・ラグビーワールド誌が選ぶ大会ベストフィフティーンに選出された。通算14キャップ(2023年1月現在)。身長147cm。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

 

 

 

 


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