MLB機構は今季から極端な守備シフトを禁止する。目的は試合時間の短縮だ。これまで左のプルヒッターが打席に入ると、一、二塁間に3人の内野手が集まるのが常だった。この移動時間がもったいない、というわけで二塁ベースを挟んで2人ずつの配置が義務付けられることになった。内野手のひとりが後方に守備位置を取る、いわゆる“外野4人シフト”も禁止された。

 

 決まったものは仕方がない。だが個人的には独自の守備シフトはトラッキングデータを元にした近代的な戦術であり、お上が干渉する手合いのものではないと考えている。やりたければどうぞ。その代わり、失敗しても自己責任だよ。それでいいのではないか。それこそ『国富論』を著したアダム・スミスの「見えざる手」である。それぞれが利益ならぬ勝利を追求する過程で、独自のやり方を模索すれば、当然、相手も対応策を練るわけで、やがて程良い状態へと収斂されていく――。ベースボールもまた、そういうものだろう。

 

 WBCで痛快なシーンがあった。準々決勝のイタリア戦の3回、1死一塁の場面で大谷はシフトの逆を突くセーフティーバントを決めてみせた。左投手のジョセフ・ラソーサは体を反転させて一塁に投げようとしたが、バランスを崩して尻餅をついた。イタリアには悪いが、これは自業自得である。このプレーをきっかけに日本はこの回、一挙4点をあげた。

 

 最初の打席で大谷はヒットを1本損していた。センターへ抜けようかというライナー性の打球が、シフトの網にかかってしまったのだ。当然、イタリアは“二匹目のドジョウ”を狙う。大谷は打席に入る前から、守備位置を確認していた。大谷クラスになると、同じ手は通用しない。「狙いとしては良かったんじゃないか」と大谷。イタリアには痛烈な“倍返し”となった。

 

 日本で最初に守備シフトの洗礼を受けたのは王貞治である。世にも有名な“王シフト”を考案し、実施したのは広島の監督・白石勝巳。弱小球団(当時)を率いていた白石は“弱者の戦術”とばかりに、王の打球方向を徹底的に調べ上げる。担当したのはスコアラーの川本徳三。その結果、8割近くがセンターから右方向に飛ぶことを突き止める。この事実を元に、一塁手をライン際、二塁手を一塁寄りに守らせ、ショートは二遊間に配置した。三塁手は三遊間のど真ん中だ。それだけではない。外野手もライトはライン際、センターは右中間、レフトは左中間に寄せた。

 

 64年のシーズン前半、この極端な守備シフトは一定の効果を発揮した。しかし、王もやられっ放しではない。7月15日の広島戦で、エースの大石清から三塁側にセーフティーバントを試みたのだ。「ボールはレフト方向に転がっていき、結局二塁打ですよ」と王。後に白石は「これが野球だ」と、しみじみ語ったという。

 

 シフトを考える者がいれば、破る者もいる。この“いたちごっこ”も野球の醍醐味のひとつだろう。やはり“見えざる手”に委ねた方がいい。

 

<この原稿は23年3月22日付『スポーツニッポン』に掲載されたものです>


◎バックナンバーはこちらから