シアトルの市民は喜んでいるだろう。イチローの残留が決定した。2012年まで、セーフコ・フィールドに足を運べば世界最高峰のバッティング技術やレーザービームを目の当たりにすることができる。


 昨年の今頃は、07年のシーズンが終わればイチローはFA権を行使して東海岸の富裕球団に移籍するものとばかり思っていた。肉体面での衰えは皆無とはいえ、30を3つも過ぎた。終盤にさしかかる野球人生を豊穣なものにするためには、少しでもワールドチャンピオンに近いチームでプレーしたい。誰だってそう考える。イチローだって多少の迷いはあったはずだ。

 しかし彼は残った。5年総額9000万ドル(約110億円)というのはローカル球団としては破格の契約である。周知のようにメジャーリーグにおける高給取りといえば、ホームランを量産するスラッガーかローテーションの中核を担うエースというのが相場で、リードオフマンは割をくっていた。その意味で、イチローも当初はここまでの評価を期待していなかったのではないか。本当はこのくらいもらってもバチは当たらないのだが……。

 76年に最短6年で取得できるFA制度が導入されて以降、メジャーリーグではスターの短期間での移籍は当たり前になった。FA市場の活性化がMLBの経営者たちに財源の拡大を促し、そのための改革を加速させた。メジャーリーグ発展のコンセプトが競争と協調にあったことは以前にもこのコラムで述べたとおりだ。
 その一方で“オラがまちのスター”の相次ぐ流出がローカル球団からアイデンティティを消し去り、フランチャイズ制の脆弱化を招いたと指摘する声もある。

 ワンチーム・プレイヤー――。イチローの残留を受けてこの言葉を思い出した。オリオールズ一筋21年のカル・リプケンJr.やパドレス一筋20年のトニー・グウィンに向けられた最大限の賞賛の言葉である。

 今年1月に行われた野球殿堂入り投票でリプケン、グウィンはともに資格を得て1年目ながら圧倒的な支持を集めて選ばれた。実績はもちろんだが、地域への貢献、チームへの忠誠心も加味されたはずである。イチローもそう遠くない将来、クーパーズタウンに名を刻むことになるのだろう。

<この原稿は07年7月18日付『スポーツニッポン』に掲載されています>

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