『復讐するは我にあり』
 映像化もされた作家・佐木隆三氏の直木賞受賞作のタイトルは、新約聖書に記された一節を引用したという。このフレーズだけを読むと、復讐に燃える者の物語のようにも見受けられるが、引用元である新約聖書のページをめくると、その意味は異なる。ローマ人への手紙第12章第19節には、こうある。<主いひ給ふ、復讐するは我にあり、我これに報いん>。この場合の<我>とは神を指し、復讐心に身を任すことはない、と説いているのだ。
 
 トップリーグ時代も合わせると3季連続のプレーオフ進出となったクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(S船橋・東京ベイ)。14日の準決勝(東京・秩父宮ラグビー場)で戦う東京サントリーサンゴリアス(東京SG)とは今季2戦全勝。オーストラリア代表のCTBサム・ケレビをケガで欠くなどしたが、尻上がりに調子を上げてきた印象だ。S船橋・東京ベイはレギュラーシーズン終了後、オフを挟んで5月2日からホストエリアのひとつ千葉県市原市でキャンプを張った。ゴールデンウィークの3日には市原スポレクパークで約100人のファンと、20人を超える報道陣に練習が公開された。
 
 冒頭になぜ聖書の一節を説明したかというと、S船橋・東京ベイをリベンジに燃えるチームと考えたからだ。過去2シーズンのプレーオフは準決勝で敗れた。だが、選手、スタッフが口を揃えるのはリベンジではなく「自分たちにフォーカス」という言葉だった。ベクトルを対戦相手に向けるのではなく、自分たちに。それはレギュラーシーズンから一貫した姿勢である。
 
「これまでの反省や学びを生かしながら、自分たちにフォーカスをして1週間を過ごしていきたい」(キャプテンのCTB立川理道)
「まずは自分たちにフォーカスすることが大事。そこから改善が必要なエリアを修正する」(フラン・ルディケHC)
「ベクトルを準決勝、サントリーに向けてはダメ。我々がやってきたことをどれだけ良くして迎えられるかが大事だと思います」(田邉淳AC)
 
 S船橋・東京ベイにとって“3度目の正直”を狙うキーマンのひとりが今季ブレイクしたWTB木田晴斗だろう。加入2季目のトライゲッターには昨季プレーオフでの苦い記憶が残っている。立命館大学卒業後の昨年4月に入団すると、すぐに出場機会を掴み、埼玉パナソニックワイルドナイツ(埼玉WK)とのプレーオフ準決勝でもスタメン出場した。しかし、プレーはわずか17分。足首の負傷で途中交代を余儀なくされたからだ。当時、ピッチの外から睨むような強い眼差しを向けていた(写真)のが印象に残っている。
 
 改めて、その時の想いを聞いた。
「あの時のやるせない気持ち。メチャクチャ残っています。“なんでよりによって、この時なんだ”という想いが強かった。正直、そこからのリハビリはその悔しさがバネになっています」
  彼もまたリベンジを、外に向けるのではなく自らで昇華できたからこそ今季のブレイクがあったのだろう。「とにかく負けん気が強い。それがいい方にも悪い方にも向くことがある」とは田邉AC。コーチ陣の指導の下、うまく自分をコントロールしながら、進化を遂げた。最多トライゲッター賞レースでは2位、ベストラインブレイカー賞を受賞した。今季新人賞有力候補のひとりだ。
 
 HO杉本博昭もまたプレーオフ準決勝で悔しい思いをした1人だろう。先発出場したがラインアウトのボールキープに苦しんだ。「今までは結果にフォーカスし過ぎていたのが自分の弱いところだった。それより目の前のことに集中し、積み重ねていくことが大事。それで今はラインアウトの成功率も上がったと思う」。今季は南アフリカ代表のHOマルコム・マークスほどの爆発力はないかもしれないが、起用されればきちんと仕事をこなす安定感が光っている。
 
 杉本はプレーオフに向けては「フラン(・ルディケHC)が言っているのですが『under pressureではなくwith pressure』。プレッシャーを感じるのではなく、プレッシャーと共に闘う」と口にする。立川も同様に「プレッシャーがかかる試合で、どれだけ自分たちのラグビーができるのか」をキーポイントに挙げている。S船橋・東京ベイにとっての「自分たちのラグビー」とは、強力FWを軸としたセットプレー。そしてパワフルな突破からトライを取り切る決定力だろう。ルディケ体制の下、成熟させてきたラグビーをいかに発揮できるかがチームの焦点となる。
 
 今季は例年に増して攻撃の厚みが感じられる。レギュラーシーズンの戦績は勝ち点(58→66)、勝利数(12→14)、得点数(555→636)、トライ数(76→84)が軒並みアップした。ルディケ体制の前年からチームのオフィシャルカメラマンを務める福島宏治氏に話を聞くと、「サインプレーなど攻撃のバリエーションが増えました。カメラマンとしてもプレーが読めないことがあります。撮影していてダミーに騙されることも」と答えた。それだけアタックの幅が広がったことが、リーグ最多得点、最多タイのトライ数に繋がっているのだろう。
 
 この日、集まった公開練習後、選手たちは詰め掛けた100人のと写真撮影やサインに応じるなど交流を深めていた。
「僕がスピアーズに入団して12、3年が経ちます。当時はオレンジアーミーという言葉はありませんでしたし、過去の公開練習はあそこにいる記者さんたちの数(約10人)くらいしかいませんでした。今回は100人限定でしたが、“もっと増やしてほしい”との声もあったと聞きます。そういった反響もうれしいです」と杉本。変わりゆく光景にクラブとしての歩みが表れている。ホストゲームの観客動員も昨季の1試合平均3154人から今季は同3743人と伸びた。飛躍的な進歩でないかもしれないが、着実にスタジアムを染めるオレンジは色濃くなっていると言えよう。
 
  S船橋・東京ベイにとって、14日に秩父宮ラグビー場が舞台となる東京SGとの今季3度目の決戦は、リベンジの物語ではない。新たに紡ぐ物語の1ページ、あるいは1章に過ぎないのかもしれない。
 
(文・写真/杉浦泰介)